新隊員前期教育

入隊して数週間が経つと、区隊ごとの団結や対抗意識が芽生え始めたのか、他区隊の連中が2区隊の我々に喧嘩を売りに来たこともある。

だがそれも一時的なことで、やがて中隊全体としてのまとまりができ、皆が親しくなっていった。

同期の中には、〝家出中に自衛隊の募集員に声をかけられて入隊して来た者〟や、〝借金を取り立てるヤクザから逃げるために入隊して来た者〟もいることが徐々に分かり始めた。

中卒や高校中退者が殆どで、大学中退者は何名かいたが、大卒者はいなかったと思う。

私と同じ8班にO2士という、大学を惜しくも中退して再挑戦を期している同期隊員がいた。

彼が持っていた、「社会人のための大学入試ガイド」という本を私も時々読ませてもらい、「まだ自分にも大学進学の可能性がありそうだ!」という希望を抱くに至る。

新隊員前期教育では、「気を付け」の姿勢や「敬礼」の仕方から始まる基本教練、匍匐ほふく前進や銃剣突撃等の戦闘訓練、64式小銃の分解結合や射撃の訓練、戦闘服のアイロンの掛け方・半長靴の磨き方・ベッドの取り方・部屋の出入要領等の営内服務、そして「愛国心」をはじめとする精神教育等々の、陸上自衛官としての基礎中の基礎を主に学んだ。

また、その合間に知能検査や適性検査、そして体力検定と健康診断が組み込まれている充実の内容であった。

中でも特に印象的だったのが「給与の受領要領」であり、前期教育期間中の3ヶ月間は“洗面器で現金を受領”し、班長立ち会いの下に金額確認をした。

「お金のやり取りは確実に行う」という躾の意味もあったのかもしれない(ちなみに給与が銀行振込になったのは、新隊員後期教育からである)。

隊員食堂の食事は、「ボリュームは満点だが味はまあまあ……」と言ったところか。

「自衛隊の飯を食えば体が自然にでき上がる!」

班長が常々そう仰っていたことを思い出す。

(私が入隊した頃の自衛隊の食事は「結構雑だった……」との印象がある。カレーが入った大鍋をエンピと呼ばれる小型スコップ、それも柄の折れたヤツで掻き混ぜる光景が当たり前だった。だが最近は、〝過保護〟と思える程に管理され、味も格段においしくなっている)

街の銭湯以上に巨大な浴場への行き帰りも、当初は班長か副班長に同行して頂いた。

我が8班の班長は、私より2歳程年上で階級が3曹(伍長に相当)の穏やかな方であり、いかにも“ベテラン自衛官”という雰囲気を醸し出されていた。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『平成の自衛官を終えて ―任務、未だ完了せず―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。