奇跡

華道の師範を授かった私は、生きたい!と、より強く願うようになりました。

四十五歳になっていました。無事に生きている事に、毎日感謝しました。そんなある日、内科の採血検査の結果、婦人科の腫瘍マーカーに、異常に高い数値が出ました。

不安に思っていたところに、不正出血がありました。私は(ついに来たか……)と、思いました。もう年齢的に、子宮を失う事への抵抗感も薄れ、華道という生きがいを持てた私は、手術を受ける決心をしました。

婦人科へ行くと、先生は久しぶりの患者が、これまで生きていた事に驚かれましたが、私が願うよう、すぐ、子宮摘出手術の予約をとって下さいました。

手術は無事に成功しました。しかし、術後の病理結果は恐るべきものでした。子宮体ガンがあっただけでなく、子宮筋腫の一部に、肉腫があったと聞かされたのです。

肉腫? 私が、何ですか?と聞くと、先生は、悪性腫瘍で、普通のガンより増殖が早く、化学療法も効かない、タチの悪いものだと教えて下さいました。

そして、それは皮から飛び出ておらず、取りきれたので、この時期に手術を決断した事を、とても強運だと言われました。

それで、術後、化学療法などはせず、五年間、経過観察をする事になりました。

この先生は、五年間、色々あった中、本当に親身に、私を診て下さいました。

そして、ちょうど五年たった二〇一八年の一月に、ご病気で急逝されました。

信頼してきた先生の突然の死は、非常にショックで、この時に受けた衝撃により、私は何かに突き動かされるように、『薔薇のノクターン』という、私小説を書き上げました。

この小説の中にも書いた事ですが、子宮を取った私は、自分でも思いもよらない心境になり、驚きました。

どこへ行っても、子供達が目に飛び込んできて、可愛く、愛おしく見えて仕方がないのでした。それは、とても不思議な事ですが、

心の深いところで愛が広がって、とても幸せになれ、みんな自分の子と思ってしまうようになったのでした。

ですから、子供が産めないから、子供を見るのが辛い、というのとは逆に、子供を見るのが以前よりずっと幸せになったのでした。

結局、苦によって、得たものの方が大きかったのです。

病で孤独になったおかげで、花と語らう美しい花の道が開けました。辻井先生に出逢い、志を同じくする仲間に出逢い、大覚寺に通うようになり、花を通じて友達の輪が広がり、心の通い合う人間関係ができました。

疎外感で孤独に苦しんだOL時代からは、全く信じられない日々が訪れました。本当に、思いもかけない奇跡ばかりです。

ですから、私は、ガンになって良かった!と、心の底からそう思っています。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『しあわせ白書』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。