突然の指名

翌日、風二が職場に出ると、上司で事務長の大村(おおむら)次郎(じろう)が声をかけてきた。

「高井くん、すまないけれどちょっと一緒に来てくれないかな」

「構いませんが、どうかしたんですか?」

「俺も詳しいことは分からないんだが……理事長室に呼ばれているんだ、俺とお前で」

「理事長室」と聞いた瞬間、風二の頭には昨日の柏原の顔が浮かんだ。大村と風二は少々不安な面持ちで理事長室へと向かい、おずおずとノックした。

「入ってください」

室内からは聞き覚えのある木村新病院長の声が聞こえる。それを受けてふたりが室内に足を踏み入れると、そこにはまさに昨日の夕方、風二が帰りがけにみかけた面々が顔を揃えていた。

「お呼びでしょうか……?」

大村が相変わらず不安げに尋ねると、奥のデスクから柏原が声をかけてくる。

「高井くんだね。私は今度ここの理事長を務めることになった柏原です。話は聞いているでしょう。朝の忙しいところ足を運ばせて申し訳ない。じつは高井くんにお願いしたい仕事がありましてね」

「はあ……」、風二が曖昧に答える。

「私はこの病院を根本から変えたいと思っています、最終的には組織そのものをです。君にはその手伝いをして欲しい。

まずは部門ごとに収支をきちんと把握し、どこに問題があるのかを明確にできる仕組みを作りたいのです。これは私たち医師がいくつもの検査の詳細データを見なければ診療方針を決められないのと同じで、収支データなしでは感覚で経営改革に取り組むことになってしまいます。それは絶対避けたい。

現在その部分に近い仕事をしているのは君だと聞いたのですが、現在のように病院や看護学校、老健施設といった施設単位の収支ではなく、もっと細かな部門単位での収支をみえるようにして欲しい。そのための準備や仕組み作り、必要であればシステム構築などもお願いしたいのです。

部門ごとの収支が明確となり問題があぶりだされたら病院にいるすべての職員に協力してもらって解決していくつもりです」

「しかし……」、まるで自分の領分を侵されたかのように、大村が一言挟もうとしたが、柏原から目線を向けられると、すぐに口をつぐんでしまった。そこで風二は、

「それ自体は構いませんが……そのほかの業務もありますので、いますぐにとは……」

と答える。すると柏原は、

「もちろん、すぐに手をつけて欲しいということではないですよ。それに君の仕事に合わせた調整も考えています。とりあえず、いま話したことを私なりにまとめたものを用意しているから、まずはそれを読んでおいて欲しいのです」

そういってひとまとめになった書類を手渡された。

「分かりました、そういうお話なら……」

そういって風二は資料を受け取った。