第2章 解釈

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僕には分からなかった。どうするのが正解なのか。追いかけて謝るべきなのか。由美にとって僕は彼氏なのだろう。だから怒りもする。僕にとっての由美は何なのだろう。好きですと告白したわけでもない。呼ばれるがまま、居酒屋へ行き、スリーファイブに行き、酒を飲み我を忘れたように抱き合う。

この生活を続けた延長線上に結婚があり、子供が生まれ成人し、そして僕は老後を迎えるのだろうか。大学で優秀な学生と日々研究をして、世界的な成果を挙げるのが目標だったのではないのか。世界的な研究につながる分岐点が現れるのはいつだろう。その分岐点は僕には見えないのかもしれない。

すでに通過したのかもしれない。周りの人達が「今が分岐点です。ビッグチャンスです」と言って教えてくれるのだろうか。そういった人生のチャンスの掴み方こそを教えてほしかった。学校では。

足元に水が広がってきた。ペットボトルを立ててから、部屋に戻り雑巾を数枚かき集めた。廊下に戻り、それらを敷き詰めた。

もしマリーと結婚してもこんな会話にはならないだろうと思った。いや違う。そんな勝手な幻想を抱くことがイスラーム教徒に対する固定概念だ。人は誰だって傷つく。傷つけば誰かを責めたくなる。

口に出して非難することで心の傷が癒えるのだ。口に出すことは大事なんだ。だからキリスト教の教会では懺悔の部屋があるんだ。それを聞くのは神ではない。神父という人間だ。でも誰だっていい。心に引っかかる嫌な思いを口に出すことは。

日本での教育は違う。歯を食いしばれ。耐えろ……の時代ではないが、我慢を美徳とする風潮はある。その反動をどこに向ければいいのだろう。居酒屋なのかカラオケなのか。カラオケに懺悔室があったらヒットするのになあと思った。

水を吸った雑巾を小さなバケツに入れた。手に持つととても重かった。廊下に立たされた小学生のようだった。

その夜、ケントは自分の部屋にいた。冷蔵庫から缶ビールと冷えたグラスを取り出した。グラスをテーブルに置き、ビールを注いだ。パソコンでハラールについて調べた。ネットで検索しても曖昧なことしか書かれていない。

どのサイトを信じればよいかも分からない。マレーシア政府の下部組織ジャキムというところが示したガイドラインが最も厳しく信頼性の高いものとされているらしい。自分なりに要点をワードにまとめた。

ハラールの要点

1.イスラーム教の経典「クルアーン」に従うこと。
2.豚肉や豚の加工品、また、アルコールやアルコールを含むものを使わないこと。
3.豚加工品の製造ラインとは、しっかりと区別した製造ラインを設けること。
4.製造工場内の洗浄には豚毛のブラシを使用しないこと。
5.商品の輸送には専用のトラックやコンテナを使うこと。豚加工品との接触を避けること。
6.牛、鶏の屠殺はイスラーム教徒によって行われ完全に放血すること。なお、屠殺手順は厳密に決められている。

※本記事は、2019年12月刊行の書籍『きみのハラール、ぼくのハラール』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。