第1章「 伝わる」映像表現

3.記憶と感情の関係性

映像表現と密接に関連する脳の働き

「伝える」という行為は相手の脳に刺激を与え印象を記憶に残すことで成立します。人間の脳は一方的に与えられた記憶は忘れやすく、感動とともに得た記憶は忘れにくいという性質をもっています。この特性には脳の大脳辺縁系にある「扁桃体」と「海馬」が深く関わっています。扁桃体は外部から得られた情報の快不快を判断します。好き・嫌い・怖いなどの本能的な情動はすべて扁桃体の働きによるものです。

海馬は外部からの情報を一時的に記憶するパソコンのメモリのようなものです。そして記憶を長期保存するハードディスクの役割が大脳新皮質です。海馬は一時保存した記憶を大脳新皮質に送って長期保存するか忘れてしまうかの判断を下したり、大脳新皮質に保存された記憶を呼び出し、思い出させる司令を出しています。

扁桃体と海馬は互いに影響し合っているため、扁桃体で強い情動を感じると海馬が刺激され、そのときの記憶が長期保存されます。心を大きく揺さぶられる出来事がいつまでも記憶に残るのはこの扁桃体と海馬の相互関係によるものなのです。

[図表]扁桃体と海馬の相互関係

4.情動と感情の違いを知る

情動は生理的反応

普段私たちはさまざまな心の変化を感じていますが、それは大きく「情動」と「感情」に分けられます。

「情動」とは人間の本能的な心の動きで、生理的な反応を伴い比較的急速に引き起こされます。大きい音が鳴ったらびっくりして心臓が高鳴る、危険な目に遭うとドキドキするなど、情動は自律神経に影響を与えるため身体に変化が現れます。

感情は知識と経験に左右される

乾敏郎『感情とはそもそも何なのか』(ミネルヴァ書房、2018年)では、「感情は情動の発生に伴う主観的な意識体験である」と定義されています。主観的意識体験とはその人独自の知識、経験、思考傾向のことです。そのため感情の動きには個人差があります。たとえば、大好きな芸能人が目の前に現れたらびっくりして嬉しくなりますが、その芸能人を知らない人はまったく感情が動きません。

このように、大多数の人が同じ反応をする情動に対して、感情は知識と経験に大きく左右されます。

情動=本能的反応(生理的な身体変化を伴い急速に引き起こされる)

・嬉しい

・悲しい

・びっくり!

・怖い!

・ムカつく!

感情=情動+主観的意識体験(情動に思考が加わる)

・私の大好きな歌手がテレビに出てる!

・あのさえない奴があんな美人と結婚するなんてビックリだ!

・苦しい努力を積み重ねてきたアスリートの技術は感動的だ!

5.心を揺さぶる情動喚起と感情移入

情動喚起と感情移入を使い分ける

「情動」と「感情」の違いを理解したところで、ここからは映像表現で感情を揺さぶる基本概念を説明していきます。映像で感情を動かす行為は「情動喚起」と「感情移入」の2つに大きく分けることができます。「伝わる」映像表現はこの2つをを巧みに使い分けなければなりません。

情動喚起はビジュアル表現が効果的

急速な反応である「怖い」「ビックリ」などの情動を強制的に引き出すことを「情動喚起」といいます。情動喚起は視聴者の年齢や経験にかかわらず瞬間的に人の心を大きく揺さぶりますが、長時間継続しないことがほとんどです。

情動喚起させるには美しい映像や派手な演出など「インパクトの強いビジュアル」が効果的です。ビジュアル要素は「イメージを司る右脳」を瞬間的に刺激するため、「イメージ」として強く記憶に残すことができます。

ただし、どれだけカッコいい映像も長時間見せると効果が薄くなってしまうため連発は逆効果となります。

情動喚起の特徴

・本能的な情動に訴えかけ瞬間的に心を揺さぶる

・右脳を刺激するため「イメージ」として強く記憶に残る

・万人に効果的・長時間見せると効果が薄くなる

・ビジュアル表現が効果的

感情移入はストーリー表現が効果的

感情移入とは登場人物の体験や感情をまるで自分ごとのように感じる現象です。映画を集中して観ているとスクリーンを見ていることを忘れ、映画の世界が本当の出来事で、役者が実在するキャラクターのように感じることがあります。このような物語に対しての没入状態が感情移入です。

感情移入が起こると視聴者は登場人物に成り切るため、「自分だったらどうしよう」と無意識に考え始めます。

能動的な思考は「論理を司る左脳」を刺激するため、出来事は物語として長く記憶に残ります。

感情移入を促すには共感できるストーリーが重要なため、状況描写や登場人物をていねいに描かなければならず、表現に時間が掛かるのが一般的です。興味のある視聴者であればよいのですが、そうでない場合は感情移入する前に視聴をやめてしまう恐れがあります。

感情移入の特徴

・意識に訴えかけ他人の出来事を自分ごとのように感じる

・左脳を刺激するため「物語」として長く記憶に残る・共感した人に効果的・表現に時間が掛かる

・ストーリー表現が効果的

感動させたいのであれば「感情移入」は絶対条件

人間は作品のクオリティそれ自体に感動するのではありません。自分の経験や知識など個人的事情と作品を重ね合わせることによって「感動」は生まれます。そのため、どれだけ作り込まれた質の高い映像も、作品に対しての「感情移入」が起こらなければ深い感動は起こらないものなのです。

※本記事は、2020年5月刊行の書籍『伝わる映像 感情を揺さぶる映像表現のしくみ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。