「でも、二歳の子にそんなこと通じますか?」

「言葉が通じなくてもいいのです。お母さんの安心した表情や仕草から言葉の真意が伝わり、点滴が病気をよくするためにやるものだということがやがて分かってくるはずです。お子さんに、『お母さんはそばにいてあげたかったけど、処置が早く終わるように少し離れていたの。そばにつけなくてごめんね』と伝え、『注射は恐かったけど、注射のおかげでよくなったのよ。よかったね』と治療行為を肯定的に伝えて安心させましょう。大事なことは、何か思い詰めた不安な表情でお子さんを見ないことです。自信に満ちた安心した態度と笑顔でお子さんと向き合えばいいのです。」

それから四か月後、脱水のため救急診療所を受診した際、再び点滴が必要になった。

母親は点滴の前に本人に点滴の必要性を伝え、それを早く終えるために母親は隣の部屋で待っていることを、笑顔を交えて話したところ、泣きはしたものの前のような大泣きにはならなかったという。インフォームド・コンセントは母子間でも成り立つのだ。

ツッパリたちの庭

いつの頃からか、園医をしている幼稚園の庭が、ツッパリ中学生たちのたまり場となり、朝になるとタバコの吸いガラやビール、ジュースのあき缶が散乱するようになった。

ある朝、現場をおさえた園長が強く注意したが、効果はなかった。困った園長は学校側に対処を要請したが、校長は困った口調で「タバコは吸ってはいますが、根はやさしい子達なんですけどねー」と頼りげない返事をした。

園長は、「どうせ言ってもきかないのだから、私たちがイヤな顔をせず、セッセと掃除していれば、そのうちわかってくれるかも」と方針を変え、職員が交代で毎日掃除をすることとなった。

やがて、職員とツッパリたちとの間で会話が生まれた。「どうせヒマなら、屋根の木の葉を落としてくれない?」と、職員が頼んだら、彼らは素直に屋根に上った。それを契機に、ツッパリたちは園の仕事を手伝うようになった。その中の一人は、金魚鉢を持ってきて、金魚の世話を始めた。

ある朝、金魚鉢の少年が「明日は中体連があるから、制服を着て応援に行く」と言い、いつになく目を輝かせていた。ところが翌夕、職員が帰る仕度をしていると、その子が肩を落としてやってきた。職員は一瞬「困ったなあ」と思った。そのまま話し込むと、二、三時間は帰宅が遅れるからだ。

しかし、彼女は覚悟を決め、腰をおろした。わけをきくと、少年らは久しぶりに制服を着て登校したら、「お前達が来ると、けんかになる」と言われ、帰されたのだという。それから数日、園庭のタバコの吸いガラが一気に増えた。その時初めて、職員らは、タバコの吸いガラの量が少年達の心のすさみを反映していることを知った。

最近、学校へ行く回数が増え、タバコの吸いガラが減ってきているという。幼稚園のスタッフは、少年らと言葉をかわし、園の仕事を手伝ってもらいながら、タバコの吸いガラのなくなる日を焦らず待っている。