明美は少し考えて、こう話し出した。

「私はまず大谷先生のころが特別だったんじゃないかと思うな。先生が病院長をされていた下で働いたのはほんの1年くらいだったけど、やっぱりそのあとと比べて働きやすかったし、病院が目的を持って動いていた気がするわ。うまくいえないけど……先輩たちにも、あなたと同じようなことをいっている人がいるもの」

風二は明美の言葉から、彼女が自分と同じような実感を抱いているのを知った。ただ、病棟で毎日忙しく立ち働いていた彼女の知らない部分では、それほど簡単な状況ではなかったことも分かっていた。

新人だった明美が必死に駆け回っていたのは、病床稼働率が非常に高かったからだったろう。その前年、上山(かみやま)総合病院は傘下の野久(のひさ)総合病院と合併して719床という巨大病院になっていた。

しかし、そこまでの規模になりながら、いつもほとんどの病床が埋まっているという以前からの状況には、それほど変化がなかったように思う。

病床が埋まるのは決して悪くない。ただ、当時も全体的に患者さんたちの入院日数が長めに感じられたことを風二は思い出していた。だが、その状況はいまもそれほど変わっていないはずだ。

では、この閉塞感のようなものはなにか。

けっきょく、自分たちをはじめとしたこの病院全体が、大谷病院長が残してくれた資産を食いつぶすようにして、生き延びているだけではないだろうか。

このままではいずれ破綻などということもあり得る――背中を冷たいものが通り過ぎた。それからも話題を転じて明美はいつものように話を続け、風二もそれに応えた。

しかしその心のなかには、ずっと大谷病院長の面影と正門前でみた柏原新理事長の眼差しがこびりついて離れなかった。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『赤字病院 V字回復の軌跡』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。