「大きくなったら、神様になる」

「大きくなったら何になりたい?」

の質問にも天衣無縫な答えが返ってくる。

「大きくなったら、何になりたい?」

と聞くと、たいていの男の子は「仮面ライダーアギト」「ウルトラマンコスモス」「ガオレンジャー」「琉神マブヤー」「妖怪ウォッチ」などを挙げる。

年長児になると「消防車」「パトカー」「パワーシャベルのおじさん」などと現実的になる。女の子は「お花屋さん」「ケーキ屋さん」「どれみちゃん」「セーラームーン」が定番だったが、最近では「ネイリスト(マニキュアリスト)」とか「プリキュア」「プリンセス」などと言う子が出てきた。

中には奇抜な返事をする子もいる。

「大きくなったら、何になりたい?」

「神様……」

うしろから母親曰く

「この子、神様は、死なないと思っているんです」

別の三歳の男の子に

「大きくなったら、何になりたい?」

と聞くと、指を四本出した。母親曰く

「四歳になると言っています」

「じゃ、もっと大きくなったら」

「怪獣……」

母親「何でもパクパク食べれるからと思っているんです」

子どもたちの胸に聴診器を当てながら、彼ら、彼女らと交わす会話は楽しい。

赤ちゃんを泣かさないコツ

小児科医は赤ちゃんに泣かれると診察がお手上げになる。

腕の見せ所は、いかに子どもを泣かさずに聴診を終えるかにある。三、四か月のベビーは診察の際、ジーッとこちらを見つめ、指はしっかり母親の服を掴み、緊張した面持ちだ。

「この、目の前の人物は何者だ、敵か味方か、泣くか、泣くまいか」

と迷っているのだ。そんな中、ベビーは、抱いている母親の顔をちらっと見て判断する。母親の緊張具合、声の調子、表情などを介して目の前の人物が「敵か味方か」を判断し、「泣くか、泣くまいか」を決めるのである。

それ故に、赤ちゃんを泣かさないコツは、笑顔を浮かべ母親と向き合い、安心させ、リラックスさせ、笑顔を引き出すことにある。

若いときに苦労した方が得

カゼばかりひいて入退院を繰り返し、心労からつい弱音を吐く母親も少なくない。そんな母親にはこんなフォローをする。

「お母さん、今は大変だけど、若く体力のあるうちに苦労した方が後が楽になります。寝ずの番で看病しているうちに、赤ちゃんの気持ちが泣き声や仕草から分かるようになり、親子の関係がツーカーになります。そこから本物の親子のしっかりした関係が生まれます。

もし、苦労せず楽して育ち、ツーカーの関係ができないままだったら、その代償が後になって出ないとも限らない。人生は公平、苦労は必ず報われます。それにカゼばかりひいていた子も、三歳過ぎると、丈夫になりめったにカゼをひかなくなります。もうひとふんばり頑張りましょう……」

注射恐怖の坊や

受診の度に大泣きする二歳半の坊やを連れて母親が相談に来た。四か月前、肺炎で入院した際、点滴の処置で母親から引き離されパニック状態になったことから、入院中もずっと大泣きしていたという。それ以後も、カゼなどで受診する度に、大泣きを繰り返した。入院中の恐怖が心の傷になっているのかもしれないと母親は心配していた。

おそらく、入院時の点滴処置の際、暴れて大泣きするため担当の職員から「お母さん、泣いて困るので外で待っていて下さい」と言われ室外に移された。母親が突然いなくなるという、その時の不安や恐怖がよみがえるのであろう。

不安がる母親に次のように説明した。

「血管が細く脱水がひどい小さい子に点滴する場合、ナースや医師はかなりの精神力や集中力を必要とします。そんな時、後ろで肉親の思い詰めた眼差しや息づかいを感じると集中力を発揮できなくなります。ですから、親御さんを遠ざけて精神を集中して一回で点滴を済まそうとするのです。そういう時は、点滴処置が終わった段階で、親御さんから『恐かったでしょう。ごめんね。お母さんもそばにいたかったけど、そうするとお母さんもつらくなるのでちょっと離れていたの。でも注射我慢できてよかったね。もう大丈夫よ』と安心した口調で言い、しっかり抱きしめましょう」

「でも、二歳の子にそんなこと通じますか?」

「言葉が通じなくてもいいのです。お母さんの安心した表情や仕草から言葉の真意が伝わり、点滴が病気をよくするためにやるものだということがやがて分かってくるはずです。お子さんに、『お母さんはそばにいてあげたかったけど、処置が早く終わるように少し離れていたの。そばにつけなくてごめんね』と伝え、『注射は恐かったけど、注射のおかげでよくなったのよ。よかったね』と治療行為を肯定的に伝えて安心させましょう。大事なことは、何か思い詰めた不安な表情でお子さんを見ないことです。自信に満ちた安心した態度と笑顔でお子さんと向き合えばいいのです。」

それから四か月後、脱水のため救急診療所を受診した際、再び点滴が必要になった。

母親は点滴の前に本人に点滴の必要性を伝え、それを早く終えるために母親は隣の部屋で待っていることを、笑顔を交えて話したところ、泣きはしたものの前のような大泣きにはならなかったという。インフォームド・コンセントは母子間でも成り立つのだ。

※本記事は、2020年3月刊行の書籍『爆走小児科医の人生雑記帳』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。