破ってはならない掟

庄兵衛が櫂を海の表面に押しつけると、舟はゆっくりと右に進路を変える。わたしは庄兵衛の頭部から眼が離せなかった。どうしても確認したい事柄があった。母の影響で時代劇を見るのはわりかし好きで、是非とも本物を拝見したかった。

「すまない、どうしても引っ込みのつかない願いがあるのだが」

「なんでしょう」

この場にそぐわない質問だということは重々承知していた。悪癖であることも十二分に理解しているが、わたしは自分が知りたいことは他人を押しのけてでも聞く性分で、ひとつ咳払いして尋ねる。

「その覆いの下には、その、なんだ。立派に結いあげたちょんまげがあるのか」

庄兵衛にとって予想外の質問だったらしく、櫂を漕ぐ手を止めた。鼻で笑ったのだろう、珍しく声に抑揚が生まれる。

「ええ、ありますよ。見せられないことが残念ですが」

「せっかく自己紹介も終わったんだ、ひとつ、冥土の土産(みやげ)に見せてくれないか」

たわいのない軽口のつもりで尋ねた。しかし返答はうってかわって、金輪際聞いてくれるなと跳ね除ける口調だった。

「それはできません。掟で禁止されていますから。もしそれを破れば、私はこの仕事を追われることになります」

警察官が信号機の赤は止まれだと主張するように、確固たる信念がそこにはあった。