青山(根津邸周辺)の想い出

カレンダーに書き込んでいる予定が珍しく一日ぽっかりと空白があった。寒いけれども二月の空はカチンと澄んでいる。そうだ根津美術館へ行ってみよう。久しく行っていないけれども今、古陶磁器の展示をしていると新聞に案内が出ていたのを思い出した。早々に家事を済ませて家を出た。

表参道で地下鉄を降りる。この周辺は私には懐かしい、想い出いっぱいの所である。根津美術館へ向かう道は幼い時から馴染みの道だけれども、今、昔の面影は全くない。瀟洒なビルディングが立ち並び、有名ブランドのブティックが軒を連ねている。ただ一つ小さなお稲荷さんが鳥居もそのままに昔の所にある。少し進むと左側に青南小学校、私の母校である(残念ながら卒業はできなかったが)。このあたりは、かつてお屋敷町で土塀を巡らした広い庭のある邸宅ばかりだった。やがて根津邸のある十字路、右が根津邸、左の突き当たりは原っぱだった。

その隣は「脳病院」と言われていた(斎藤茂吉院長)建物で、格子のある窓から覗いている患者達の顔を恐る恐る見上げながら、鬼ごっこをしたり、草花を摘んだのを思い出す。

十字路の先は根津邸の土塀に沿った坂道である。私の家はこの坂道を下った所にあった。青山六丁目百十一番地。小さな借家で、隣が大家さんのお屋敷であった。三軒先は麻布(こうがい)町である。ここから霞町にかけて、坂の上とは対照的で庶民の家が立ち並び、いろいろな店や母の袂を握って通った市場もあった。行きつけの床屋も霞町にあった。オカッパを切り揃えた後、おじさんがグリーンの液体の入った瓶を持って頭のてっぺんから振りかけるのだが、その瞬間のゾク!とする感触が嫌で首をすくめていたのを思い出す。