この世界の正体

ふたたび現実に帰還したわたしは、すっかり打ちのめされてしまった。これは白旗を上げるほかない。

この世界がどういう世界なのか、(おぼろ)げに掴めてきた。この場所は人生の終焉。詰まるところ、三途の川なのだ。

「これは、なんと言えばいいでしょうか」

男は親の醜態を眼の当たりにしたような感想をこぼした。わたしはただひたすらに後味が悪かった。すべて幻想として片付けられれば、どんなによかっただろう。だがこれは間違いなく現実に起きたことだ。それもつい先日の出来事。

「彼女たちの若さがな、羨ましかったんだ。緩やかに朽ちていく毎日が、わたしをより偏屈にさせた」

自分の狭量さに呆れながら、すっかり馴染み始めた舟底を撫でる。

想像以上に、たくさんの人を傷つけてきたものだ。他所様より業が深いのだろうか。いや、自己(じこ)憐憫(れんびん)に浸るのはよそう。わたしはすべての人に慕われる善人でも、だれかに後ろ指を差されるような極悪人でもない。わたしは至って平凡な人間だ。だがなぜだろう。この身体を巡る血液が、この黒海よりもどす黒く、濁っているように(うず)くのは。

「わたしは、罪深い人間なのだろうか」

静寂が、暗闇が、孤独が、無言の自省を促す。突きつけられた現実に、今にも呑まれてしまいそうだった。

「いえ、そうは思いません」

しかし男は、わたしの考えをきっぱりと否定した。その響きは確信に満ちていて、そこに救いをみた。男は滔々(とうとう)と語る。

「長い人生のなかで、いつでも善良にいられる者などおりません」

「そうだろうか」

「悲しいかな、人はときに間違え、ときにすれ違います。ですがそこで得た教訓を(かて)として、次に活かすのであれば、罪とは言えないのではないでしょうか」

「死の間際であっても、か」

「それは結果論でしょう。もしあなたが若ければ悔い改めていた。違いますか」

たしかに、その通りだ。わたしは男に励まされている自分に気がついた。こいつの発言はまるで一筋の光明だ。まるで生まれ落ちた赤子を抱きかかえる母の腕のように、わたしのすべてを肯定してくれる。

「なあ。おまえはいったい、だれなんだ。おまえはなぜそうまで言葉を尽くして、励まそうとしてくれるんだ」

男は櫂を一掻きすると名乗りをあげた。

「失礼、名乗るのが遅れました。あなたを護送する大役を仰せつかりました、羽田(はねだ)庄兵衛(しょうべえ)と申します。ですが勘違いされませんように。職務をまっとうしながら、(よし)()(こと)を申しているだけです」

わたしは面食らって返事ができなかった。男は時代劇に好まれるような古風な名前を名乗った。羽田庄兵衛か。なかなかに味わい深い響きだ。