わたしは今でも岩山の吹き荒ぶ風や雪をはっきりと思い出すことができます。凍りつくような寒さも、そして夏の焼け付くような暑さも。夢のように美しかった天上のお花畑も。チャップや、キツネやウサギや遊ぶリスたちも。

わたしの目に今も焼きついて離れないのは釣鐘の形をした黒い部屋から覗いて見えた母の美しい姿です。年をへて、ますますその花の色はしたわしいものとなっています。光の翼をまとい、きらめきながら谷へまいおりてゆくわたしの子どもたち、一緒にさすらい、喜び悲しみを共にした楽士の家族とその死、すべてをわたしは鮮明に思い出すことができます。

ですからたとえ暗闇の中にあってもわたしは少しもさびしくないのです。たくさんの思い出がわたしの脳裏を輝く星のように現れては消えてゆきます。その度に私の魂は揺さぶられ、私の命をいきいきと燃え立たせるのです。

心の奥でひとつだけ願っていることがあります。それは「君をずっと探していた」そう叫ぶ若者が再び現れること。そして、わたしをもう一度光の中に連れ出し、わたしがまた歌えるようにしてくれる日です。その時は、わたしは、以前にもまして美しい歌を歌えるに違いないと信じています。闇の中でわたしはずっと自分の思い出をさらに美しいものに磨き上げてきたのですから。

千年でも、二千年でもわたしはその日を待ちます。待つことが、わたしには、できます。わたしの思い出は金のように輝きを放ちながら、ずっしりと重いのです。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『思い出は光る星のように……』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。