定年離婚の告白

「妻はコワイ」

保険会社に入社し、馬車馬のように働いた。給与も年々増え、若くして東京から福岡へと転勤し、初陣の任務は福岡支社の特命所長としての業務だった。

若手の遠方への異動とあって、異動の当日は、今では見当たらないが支社挙げての送迎で、男性社員が輪になりホームでの胴上げである。

「万歳、万歳……」

その後は、盛大な拍手で送られる。少し照れくさい。私は胴上げが終わると、深々と礼をして大きな声で、

「ありがとうございました」

と、来た人に応えたことを覚えている。戦時中の出征兵士のようだ。それから、福岡、姫路、登戸、中野、釜石、本社、大和、鎌ヶ谷、日本橋、大船、平塚に勤務して三十二年程度を定年まで過ごし、それまでの人生を殆どと言っていいほど誠心誠意会社に尽くした。

保険会社は、私に考える時期を与えず、絶えず前を向いて突き進むことを要求した。その要求に私は、多く応え、多くの賞を獲得したことを覚えている。箪笥にはその時に会社から頂いたメダルと共に、一緒に苦労した社員の記憶と一緒に眠っている。

その記憶は、時々の情熱の発露としての思い出として脳裏をめぐり、目頭を熱くすることがある。新しい地区での仕事は、新鮮な気持ちで明日に向かって大きく第一歩を踏み出す勇気を持つことが出来るが、その反面、未知の土地に踏み出す不安も併せ持っている。

そんな異動を繰り返し、何度の歓送迎会を迎えただろうか……。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『明日に向かって』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。