その先端技術の根幹がナノ物理化学である。欧米や中国においてこの二十年間に飛躍的に進んだ情報化が、これからのモノの電動化の意味をモノやコトの情報化であると誤解させてしまい、モノの情報化が電動化の意味となっている。

また、コトの情報化が知能化であると、取り違えた意味で進もうとしている。しかし、そのようなモノやコトの情報化は、ヒトの課題に差し掛かった瞬間に限界を見せ始める。

情報化はカネを動かしながらモノを動かす電動化と相まって、最後には情報と半導体による知能化が生きている人との相互関係に及んでいくと想定できる。

そのとき、機能としてのヒトに近づくための技術は米中がビッグデータで模索する大量データログ情報アプローチではなく、人の現場の動きに寄り添った個性化データを抽出して「データと人の関係づくり」を行うマッチング技術となる。

日本古来のヒトに係わる物理化学的な探求心だけでなく、日本が生んだ新しい文化、サブカルチャーであるアニメーションなどのデフォルメの中に端的に象徴されるヒトの個性化こそが、生物としての「ヒト」に近づき、そして心を持つ「人」に寄り添う最適な手法だと言える。

情報化・電動化の次の知能化に真摯に迫るためにこそ、回り道をしてきた日本の個性的な物理化学的アプローチが役に立つ時代が来ると信じている。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『情報化・電動化・知能化のリスクマネジメント』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。