2007年

もっと働き、もっと稼げ

こうしてみるとやはりフランス人にとって「仕事とは無理強いされるつらい仕事」のようだ。「仕事ばかりが人生じゃない」とすっかり仕事に価値をおかなくなったといわれるのもうなずける。

しかしこの三十五時間制は一方でひずみを生じさせたといわれている。残業を一手に背負う幹部社員の過労と国際競争力の低下だ。一般社員は五時以降残業をしないため管理職などがその分カバーして仕事をしなければならない。

管理職は年間労働日数(最高二百十八日以内)だけが決められていて、労働時間の制限がなく、もちろん残業という概念もないので、仕事が終わらなければ遅くなってでも、家に持って帰ってでもやらなくてはならない。従って管理職が五時で“またあした”ということはない。

私の会社では部長クラス以上の管理職が十五人ほど(内日本人は五人)いるが、今年の始めの幹部会議で日本風に「今年の私の目標」を一人ひとり語ってもらったところ、そのうち二人のフランス人が「仕事と家庭のワークライフバランスをとる」と発表したのには驚いた。それだけ家庭を犠牲にして仕事を優先しているということだろう。これは日本人並みである。

実際夕方七時頃の職場を見渡すと残って仕事をしているのは日本人とフランス人管理職だけというのが日常的光景である。もっとも午後八時以降となるとほとんど日本人だけに変わるが。

もう一つのひずみが国際競争力の低下である。週三十五時間労働と五週間の法定バカンス休暇で果たして国際競争力が維持できるかという問題である。特に東西の壁崩壊以降の経済のグローバリズムによる競争は激しくなるばかりである。

フランス企業は自国の労働コスト高を嫌って東欧などに移転する会社が増えたし、一方フランスに進出しようとする外国企業はその労働コストの高さのせいで投資に二の足を踏む事態になった。いきおい失業率は改善されず、経済の停滞とともに暴動など社会的問題が噴出することにもなる。

このほか、フランスの労働組合の強さによるストの多さなど、フランスへの投資をためらわせる問題もある。

サルコジ大統領はこうした“フランス病”にメスを入れることを公約のひとつにして新大統領になった。就任以来エネルギッシュに飛び回り、本来の大統領の役割とされる外交と軍事以外に首相が管轄する内政にまで強大な指導力を発揮している。

国民の支持率も約七十%という高さだ。そして公約した政策を相次いで実施している。

その一つにこの二〇〇七年八月二十一日から施行される「労働、雇用、購買力のための法律(TEPA法)」がある。その骨子は次の通りだ。

一 残業手当にかかる個人所得税を非課税にする
二 残業手当にかかる個人負担の社会保険料の最高二十一・五%までの軽減
三 残業手当にかかる企業負担社会保険料の定額(一時間当たり一人〇・五ユーロ)控除
四 持ち家取得の税額控除
五 富裕税軽減
六 相続税軽減

この法律の主旨を一言でいえば「もっと働き、もっと稼げ」ということになるようだ。私の会社もこの新法を適用すべく準備をしている。人事の給与担当者にとっては残業手当を別にした社会保険料を算出しなければならないので、従来に比べて事務工数は増える。所得税は源泉徴収ではなく個人申告納税なので会社の負担は増えないが。

はたしてこのTEPA法によって「仕事とは無理強いされるつらい仕事」と考えるフランス人の労働観を変えることができるだろうか。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。