夏祭り

花火のあった翌日から美紀は髪形をポニーテールから夜会巻きに変えた。時折和服を着て店に出るようにもなった。

「どうした、ママ、何かあったの?」

しっとりと落ち着いた雰囲気になった美紀は客たちから何か心境の変化でもあったのかと盛んにからかわれた。

「何の変化も無いから髪形ぐらい変えてみようと思っただけよ。それより、近頃何か良いことでも無いの?」

美紀は訊かれる度にそうはぐらかし、客に心の内を語ることはなかった。話せば純な思いが客の吐く酒の息で汚されるような気がしたからだった。

暑い夏は峠を越え、朝晩は随分と過ごしやすくなった。奈美は、漁火に来た頃とは違いぎこちない作り笑顔は消え、自然な微笑が戻り夜中に叫ぶ回数も少なくなった。徐々に奈美の心の傷も快方に向かっているのだろう。時は心の傷を和らげる一番の妙薬だと美紀は思った。

しかし、傷ついた心はまだ十分には癒えてはいないのか奈美が自らの身上に触れることはなかった。

心の傷となった出来事は癒えない傷を抱えている身には思い出すにもつらいことに違いない。

美紀はこのまま奈美が身の上を話すことがなくてもそれはそれでいいのかなと思い始めていた。

しかし、傷が癒えれば奈美はどうする積りなのだろう。カウンター越しに接客する奈美を見ながら、ふとそんな思いが過り、美紀の心は複雑になった。しかし、あれこれ考えても世の中はなるようにしかならない。そんな先のことはできるだけ考えず今を奈美と楽しく過ごすことだけを考えようと思い直した。奈美が漁火に住み着いてから三月あまりが経っていた。