「いいです、やっぱりやめます」

「そうですか、分かりました」

瑞穂がドアを開けて部屋から出ようとしたとき、

「……は好きですか?」

と男が質問してきた。

聴き取れなかったので瑞穂が答えないでいると、男はだれもが知っているロボットアニメの名前をゆっくり発音した。

「好きではないです」

「では、……は観てますか?」

今度は、日曜日の朝に放送している番組の名前を口に出した。

「それなら観てます」

「少し話につきあってもらえませんか。私のようなおじさんだと、話し相手がいなくて」

瑞穂が断る理由を考えていると、男は部屋の向こうに行ってしまい、すぐにペットボトルのお茶を二本持って戻ってきた。

瑞穂は仕方なく、テーブルの椅子に座った。

「いつ頃から観てますか」

「小学生のときから」

「じゃあ、かなり詳しいですよね」

「全部を観てるわけではないので……」

瑞穂の言葉を無視するように、男はその番組の感動した場面をいくつか語り始めた。

「じゃあ、この漫画も知っていますか?」

話の対象はどんどん変わっていった。

男の口調が早くなっていったので、瑞穂は相づちを打つだけになった。

「ゲームはしますか?」

男はコントローラーを操作する動作を両手でしながら訊いたが、瑞穂が泣き出しそうになるのを見ると、再び漫画の話を続けた。

「次はいつ来られますか?」

予想外の質問に、瑞穂は戸惑った。

瑞穂はもう来るつもりはなかったが、断ることができないでいると、

「来週の土曜日の同じ時間でよろしいですか?」

と言ってきたので、

――あとで理由をつけて断ればいい――

と思い、軽く頷いて部屋を出た。

土曜日になっても、瑞穂は断りの電話をかけられないでいた。

行きたかったのではなく、断ることができなかった。

チャイムを鳴らすと、部屋の中から、

「どうぞ」

と男の声がしたので、瑞穂は自分でドアを開けて中に入った。

瑞穂が立ったままでいると、男は部屋の奥からペットボトルのお茶を二本持って現れた。

男は前回と同様に、テレビ番組や漫画について話し続けた。

三十分くらい経った頃、

「塾には通っていますか?」

と訊いてきた。

瑞穂が首を横に振ると、

「私、この『アフターメッセージ』の仕事の他に、非常勤ですが、塾の講師もやっています」

非常勤とそうでない者との違いが、瑞穂にはよく分からなかった。

「よかったら、気が向いたときでけっこうですので、こちらで勉強しませんか。お金はいりません」

男は瑞穂を無視して続けた。

「私もやっと話し相手ができて嬉しいですし、授業の予行練習もしたいので」

「予行練習」と言っていたはずなのに、いざ瑞穂が来てみると、問題集を渡されただけで、男は部屋の奥でいつも作業をしていた。

男の名前が「川越」であることは、しばらくしてから知った。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『アフターメッセージ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。