第1章 転職先は陸上自衛隊 ~入隊前~

後日、自衛隊の新隊員募集担当の方が早速自宅に来て下さり、「筆記試験は明後日、身体検査はその翌日で受けられますか?」等と、考えられない程近い期日に重要そうなイベントを続けて設定され、私は慌てた。

「身体検査はともかく、筆記試験が明後日ですか? それでは試験勉強ができません」そう訴えると、「心配しなくて大丈夫ですよ!」との回答である。

長らく大学受験生の立場にいた私には、“準備もせずに試験を受ける”というのはカルチャーショック以外の何物でもなかった。しかし、実際に自衛隊の入隊試験(私の場合は、最下級の2士からの入隊)を受験してみて、「心配しなくて大丈夫ですよ!」の意味が分かった。

自衛隊地方連絡部新宿事務所の一室が試験会場となっていたが、場所が新宿歌舞伎町の繁華街に隣接し、真横に「レンタルルーム」とかいう、連れ込みホテルならぬ連れ込み部屋があるシチュエーションに先ず驚かされる……。

受験者は私一人だけ。試験監督は30代後半くらいの腹の出た男性で、「これでも飲みながら頑張ってよ!」と、ギンギンに冷えた“赤マムシ”飲料を差し入れてくれた。

そして、「隣の部屋にいるから終わったら声かけてネ!」と言われるだけで、時間の指定や制限については何も示されない。

渡された問題用紙も解答用紙も「真っ新」ではなく、誰かが名前や若干の解答を書いて消した形跡がある。それも、思いっ切りヘタクソな字で……。

問題の内容は、日本人としての常識を普通に持ち合わせていれば難なく答えられるものばかりで、それまで私が全く適応できなかった大学入試とは一線を画す試験だった。

「不自然で無駄に難しい……」と感じる要素がなく、「普段の日常生活や社会生活を送る上で何が必要か?」を問われている内容の試験であると感じた。

午前中か昼過ぎ頃かの時間帯であったため、隣のレンタルルーム利用客もいなかったようで、悩ましい声が聞こえてくることもなく試験に集中できた。もっとも、集中しなくとも解ける内容だったと思う。

全ての解答が終わったことを隣の部屋にいる試験官に告げに行くと、ナント、試験官は机に両足を投げ出し、扇風機の風を浴びながら高いびきで居眠りをしているではないか……。