正門を出たあとも、風二はボンヤリと彼らのことを考えていた。これからどんな話をするのだろう……あまり明るいイメージは浮かばない。新しい理事長や病院長がやってきては方針が変わり、病院が右往左往しているような気がする。この8年間ですでに3度目のことだ。

ただ正直なところ、それによって病院が良くなることはなかった。むしろ、停滞、行き詰まり、衰退……そんな言葉が思い浮かぶ。風二が働いているのが病院の事務部、なかでも経営状況の数字に触れなければならない部署だからかもしれない。はっきりいえば赤字が続いていた。

風二は働き始めた当時と現在を比べ、自分自身や病院のことを思った。

就職した当初はこうではなかった。学校で経営学を学び、事務職として働き始めた。人の生命を預かって働く仲間たちを少しでもサポートできるように、と大きな希望を描いていた。

この病院を立ち上げた大谷春樹総院長の下で仕事をしていたときには、たしかにそれができていたように思ったものだ。診療科が増え病院がどんどん大きくなっていくのを自分も誇りに感じていたし、なんの疑問もなくただ努力を惜しまずに働いていた。とはいえ、いまになれば、それはそれで問題だったことも分かっている。

まあ、その点は別にしても理事長だった大谷先生が総院長を名乗られたころからだろうか……経営は悪化の一途をたどるようになっていったし、上はそれが分かっているはずなのになんら有効な手を打たず、迷走を続けるばかりだった。風二も最初のうちは経営改善に向けた思いや、先生の方針に沿ったなかでのいろいろなアイデアを上司に提言することもあった。

ただ、そうした声が経営に反映されることはついぞなかった。大谷先生は偉くなりすぎたのかもしれない。なぜ、現場の声が届かないのだろう。そんな風に思うことが続いていた。もちろん現場の先生方や看護師さんたちは懸命に働いており、病院としての役割は十分に果たせていたのだが、経営の方はみるみる落ち込んでいった。それとともに病院内の空気はどんどんよどみ、風二たち事務方も覇気を失った。

もともとの拡大方針にも問題があったのかもしれない。病院そのものが大きくなることが重要で、苦労して建物という不動産まで抱え込む必要はないとして、あるときから病院本体をファンドに譲り渡し、代わりに毎年の賃借料を払うという仕組みを取り入れた。

身軽になるだけでなく潤沢な手元資金も確保した、といわれたものだが、病院経営を現場みている身からすれば、それは一時的な打開策にすぎないその場しのぎのように感じられたものだった。病院の「ハコ」を維持することすらできなくなったのかもしれない……そう思った時点で、風二の気持ちは折れてしまった。いまは与えられた仕事をこなすばかりだ。

駅までの長い道を歩みながら、病院のこれまでを我知らず思い起こしていた。しかしいつの間にかその意識は過去を離れ、先ほど一瞬目が合った柏原の、自分に向けた視線とその表情に移っていることに気づいた。その視線からなにか微かな予感じみた、胸騒ぎのようなものが感じられたようだった。

そんなまとまりのない思考と予感は、駅の前で手を振っている女性の明るい笑顔によってかき消された。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『赤字病院 V字回復の軌跡』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。