「そうやあ、俺も別当と同じで、この不条理にあふれた世の中をどう生きていったらええんか、ほんまに悩むんや。苦しい時もある」と宗が言うと、

「全く2人と同じで、俺もそうだよ」と、茂津がいつものすまし顔で言ったので、「ウッソつけ!」と、勉と宗が思わず声を合わせて、かの“インド人のおっちゃん”のように大きく目をむいて叫んだ。

「お前は、いつも世の中を悲観的に達観しとうというか、諦めきったようなことを言うて、飄々としてるやないか。全部を割りきって、悩みとは無関係みたいやないか!」

「おいおい、別当さん、俺だって、お前らと同じさ。違うのは、俺がジェームス・ディーンやアラン・ドロンに似ていて、お前らよりもずっとハンサムっていうことだけさ」

「アホくさ。また、言うんか。お前もよう言うなあ、その顔で」

「本当だから仕方ねえだろ。ハッハッハ、ウソだよ、決まってんだろ。さっきは達観とも諦めとも思えるようなことを言ったけど、幾らかヤケクソが、入ってんだよ。別当の言うように、多分、世の中はろくでなしや悪党ばかりではなくて、ほんの少しだけど、まともというか立派な人はいるだろうよ。俺もどう生きるべきなのか、考えさせられるんだよ。悩むことがあるんだよ。

うだつの上がらん親父の境遇を見ていてさ。その親父が、こんなことを言うんだ。本当に能力があって人物的にも優れた人が出世するのは問題ない。けど、上司にゴマをすることだけがうまい奴、学閥に組みして他の人を排除する奴、仕事ができないくせに他人への批判だけがうまい奴、評論家のように口だけがうまい奴、自分のミスを部下や同僚のせいにする奴、部下の功績を自分の功績であるかのように主張する奴、そういうろくでなし野郎たちが出世することが多いってな。真面目にこつこつ仕事をして、優れた才能や見識を持った人でさえも、冷遇されることが多いとさ。

こんなことは、親父の会社だけじゃなくて、世の中全ての所であることだと思うがね。そんな会社の中で、親父はどうすれば良いのか、今でも悩むことがあるみたいだ。だけど、親父がこう言ったことがあるんだよ。負け惜しみが入っているかもしれないとも思うがね。

地位や富を得られなくても、成功しなくても、認められなくても、自分を裏切らず、自分に誇りを持ち、自分が後悔しない人生を送ることができた人が、人生の勝利者だと言うんだよ。いくら地位や富を得ても、成功しても、人間として恥ずべき行為、誤った非道な行為をした結果のものなら、後になって後悔するに違いない。そんなことをすれば、あの世とやらに胸を張って堂々と旅立てるかと言うんだよ」

茂津がそこまで言った時に、勉が口を挿んで言った。

「お前の親父さんには悪いけど、ずる賢いことをしたり、非道なことをしたり、媚を売って汚いことをしたり、能力もないのに学歴に幅をきかせたりしただけで出世したような奴らは、元々、自分のしたことに後悔するような、そんな気高いというか高貴な精神を持ってるとは思えんけどな。そんなことをして、出世したり富をつかんだりしたような奴は、お前の親父さんが言うたようなことを、負け犬の遠吠えやないかとしか思わんで。おまけに、そいつらは、恥も知らんと罰も当たらんと、大きな顔してのうのうと世間を歩いてるで。世の中そんなもんやで」

「お前、茂津みたいに落胆的達観みたいなことを言うやんか」と宗が突っ込んだ。