やがて、わたしの不思議な音色の噂が遠くまで知れ渡るようになりました。わたしの歌をきくためにいろいろな人が宮廷を訪れました。そのたびにわたしは若者と共に呼び出され、人々の前で歌い、語り続けました。

姫君

わたしは知りませんでしたが、宮廷の奥にひとりの姫君がひっそりと暮らしていました。生まれた時から一言も言葉を発することができませんでした。わたしの評判はついにこの姫君にも届きました。そのため、わたしと若者は姫君のもとにひそかに呼び出されることになりました。

話す事もその姿を見る事も許されませんでしたが、姫君とわたしたちを隔てていた一枚の簾の向こうからなんともいえないよい香りが漂ってきました。

わたしたちは歌い始めました。

姫君が静かに泣き始めるのをわたしは感じました。わたしが風に置き去りにされ、岩山に最初にたどり着いたときの心細さを歌った時のことです。不安の中で生き延びるために必死で闘った日々のことを思い出しわたしは歌いました。

同じように、孤独に耐え、今まで声を出すこともできずに生きてきた人が簾の向こうで静かに涙を流しはじめたのです。肩が激しく揺れているのがわかりました。

その日から、わたしと若者は度々姫君のもとに足を運ぶようになりました。そして、ついにその人が簾の向こうから現れたのです。

その人はわたしの母の花の色に似た衣をまとい、冬の月のように青白く輝く顔をしていました。それは息を呑む様な美しい人でした。

その人はわたしに近づいてきて、まっ白な指でそっとわたしに触れました。わたしはすぐに小さな声でこたえました。すると、その人の顔が喜びで輝きました。

姫君と楽士はすぐに恋に落ちました。二人は結局宮廷を追われることになりましたが、やがてかわいい女の子を授かりました。その子は小さなときから美しい声で歌い、上手に舞うことができました。

わたしの音色に合わせて歌い、踊るその子とともにわたしたちはあちらこちらをさまよって過ごしました。人々の評判になると、それはわたしたちが見知らぬ別の地へ出発する合図となりました。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『思い出は光る星のように……』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。