「スイスの入金は? インドの経過は?」

テーブルの上を滑らせて帳簿を見せたのか、母が満足そうに声をあげながら指先で紙をつつく音がする。開いていたドアからタイヤのきしむ音がして、老人が部屋に入ると、帳簿を閉じる音がして、

「まだお休みではなかったのですか。テレビでも見ますか」

とドアを重く閉め、後はくぐもった二人の声になった。残るはパソコンのキーを叩く音のみであった。

翌日、金融会社の名前が入った車が門の中に入り、その男を迎える声がする。

暖炉の部屋に通すと、

「これが今日の注文ですが、コード番号の買い付けが可能でしょうか?」

「市況が厳しいので、当分慎重になったほうがよいです。環境を見て失敗のないように事を運びますので、少し様子を見させてください」

「無理は申しませんが、よろしくお願いします。これは前回の支払いです」

紙袋の音がしてドアが閉まり、車が出ていった。

そのあとをヘンリクが尾行すると、次の交差点で信号無視のトラックが遮り、見失ってしまった。これで盗聴器も電池切れになってしまい、短い会話を大使館に持ち帰り分析してみる。

株の専門家に立ち会ってもらうと、株の取引をしているようだが、不自然な箇所もあると言う。

銘柄番号の昨日の株価を照らし合わせてみると、全く違う数字であった。これは株取引に見せかけた、何らかの符牒(ふちょう)に違いない。

この取引が武器であるならば番号で区別し、部下を使って紛争当事者に取引の手段を指令していたことになり、翌日に来た男は武器の提供者であり、代価を支払ったことになる。そして尾行を阻止されたのだ。

ここまで判明したところで、上海警察に連絡した。

彼らにとっても大変な事件で、この上海に武器を横流ししているグループがあることを意味していた。明日がレストランに来る日なので、警察は全席に盗聴器を仕掛け、三人の席以外の電源を切る準備を整えた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『細孔の先 ―文庫版―』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。