「こんばんは」

声に元気がないのか、たまたま店の戸が開いていて、音がしなかったせいか、大将もバイトの美紀も俺に気づかないで仕込みをしている。

「あの~」

「あ、すいません、俊平さん」

やっと気づいてくれた美紀が、いつものカウンター席へ案内してくれた。

そうか~。

やっぱり俺、存在感も薄いぐらい今、ヤバい時期なのか。

突然、バ~ンと背中を叩かれて、前のめりに転びそうになった。驚いて振り向くと向かいのビルのスナックのママの月子さんだ。この人は暑かろうが寒かろうが、お金があろうがなかろうが、いつも変わらないんだろうな~。

「ちょっと~、スズキフラワーの俊平さん。浮かない顔してどうしたのよ~」

「いや~その〜いろいろありまして。トホホ……」

「どうせ売り上げが落ちたやら、スタッフのボーナスやらで悩んでいるんでしょ」

おお。ビンゴ!

「私なんてね~そんなの毎日よ。決算で税理士に嫌みを言われて、月末には家賃がちょっとでも遅れようものなら、大家さんにガミガミ怒られて。酒屋には今月は支払い大丈夫でしょうね~っ、て顔を見れば言われるでしょ。それなのに客はツケといてって」

そうか~。月子さんも大変なんだな。

「でもね、こんな毎日なのにね、仕事が終わって眠ると翌日にはちゃんと朝が来て太陽が昇るの。雨や曇りの日もあるけど。そうやって過ごしていて気がついたら店をだして来月で七年になるの。私も自分でビックリよ。だから何とかなるって」

そう言ってまた背中をバーンと叩かれた。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『微笑み酒場・花里』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。