彼岸でもない平日の墓地は人気がなく静かだった。 

「ここがいいわ――ここなら誰にも聞かれない」と年上の女は言った。

若い女が口を開いた。

「なぜ今なの? なぜもっと前にやらなかったの?」

「今まであいつの居場所が分からなかったからよ」

彼女はあいつの居場所をずっと探していたが相手は警察の手をうまくすり抜けていたらしく、おまけに偽名を使っていてどこにいるのか見当がつかなかった。それが去年の暮の事だ。彼女はたまたま新聞の社会面記事の“地面師、仮釈放”の小さな見出しの横に顔写真が出ているのを見つけた。そんな小さな写真でそれと断言出来るのかとの問いに彼女は答えた。

「間違いないわ。顔を突き合わせた事は一回しかないけどあの顔の輪郭、忘れるわけがない。それと手口よ。やり方は昔と一向に変わっていない。ただ私はあいつが刑務所に入れられていたのは知らなかった。それからが苦労した――夫の素行を調査している妻という触れ込みで調査会社に依頼して出所後のあいつの落ち着き先を調べたわ。名前もまた変えていた。でも居所は分かっている。少なくとも今現在は」

その他にも訳があると女は言った。若い女に向かい、真っ直ぐその目を見て言った。

「あんたが成長するのを待っていたからよ。この仕事は一人では出来ない。強い動機を持っていて口が堅く目的のためには何でもするという人間が私には必要なの。あいつは子分を従えている。敵が数で来るならこっちも数で対抗するしかない。あんたは秘密を守れるわね?」

若い女はうなずいた。

年上の女は手元のバッグから金の入った封筒と紙切れ、それにキーを差し出して言った。

「これが上京の為の準備金とアパートの鍵よ。ぐずぐずしている時間はないわ。さもないと又もあいつを取り逃がしてしまう。一週間後にこの住所にあるアパートで会いましょう」

年上の女が立ち上がったので若い女も立ち上がった。彼女はなおも何か言いたげだったが年上の女は若い女に背を向けてそのまま速足で車のおいてある空き地に向かった。若い女は仕方なく相手の後に無言で従った。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『マグリットの馬』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。