ヤーマン発進!!

デイトレーダーに対する理解者が少ない中で、ディーリング部で一緒に働いていた同期の橋口は良い相談相手だった。彼は優秀だったので、まだディーリング部に在籍していたが、近々ディーリング部自体がなくなるという噂があった。信用取引が規制緩和されれば、資金が少なくても株式市場に参入でる。これからは個人投資家の時代になるだろう。橋口も会社を辞めて投資家になることを考えているようだった。彼はいろいろな投資家のブログを見ていて、その情報を教えてくれた。

「投資家のブログは、その人が注目してる株や取引の結果や考え方が掲載されてるから、参考になるよ。自分でも取引結果をブログに記録しておくと失敗したときの原因分析に使えていいと思う」

「そうか、俺もブログ始めるよ」

「でもね」

橋口が付け加えた。

「顔出しはやめたほうがいいよ」

「顔出し?」

「ブログは匿名にした方がいいし、自撮り写真とかもやめたほうがいい。自分の資産を公開するんだから、儲かっても損しても変な奴が近寄ってくるリスクがある」

危険から身を守る必要があるという橋口の話は納得できたので、僕はハンドルネームを考えることにした。

「何でもいいけどな……。拓馬だからタッキーとか、ダメか。んー、山ちゃん、山ピー……、ヤーマン、これでいこう!」

2012年9月、僕は株ブログ「ヤーマンの株日記」を立ち上げた。

このブログにトレードが終わったあと、その日の収支を全て書き込んでいくことにした。

2012年12月からはツイッターも始めた。フォロワーゼロなので、誰かが「いいね」してくれるわけではないが、毎日一人、つぶやく。

朝は8時過ぎに起きて、パソコンを立ち上げる。9時の相場開始前に、その日動きそうな銘柄を示す寄り付き前ランキングをチェック、9時から11時半までは前場の勝負。1時間休憩して15時まで後場。

取引が終わったらその日の取引一覧を示す約定履歴を見ながら16時までブログを書く。その後は自転車を飛ばしてラーメン屋「総大醤」に行き、深夜1時まで働く。そんな生活を毎日繰り返した。

2012年10月、iPS細胞の開発によって山中伸弥教授がノーベル賞を受賞した。これを受けて巷では再生医療への関心が一気に高まり、バイオ関連企業の株が大きく動いていた。僕はディスプレー1枚分を丸々バイオ関連銘柄に割り当てて、株価チャートの動きに注目していた。

11月の収支は、+23万2362円

12月の収支は、+21万1701円

下がっている銘柄を「もしかしたらまた上がるかも」と期待して持ち越して、大きくやられてしまうこともあったが、信用取引の枠を使ってしまうと取引ができなかったので、慎重にチャンスの場面のみ入って取引した。そのため何とか収支プラスで終えることができた。

これならば、1月からの規制緩和の波に乗れば……

いける! ひと月100万が見えてきた!

僕の船出は予想通り順調だった。あとは規制緩和の追い風を待つばかりだ。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『よそ者経営』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。