がんの告知の際、日本では、ご家族にのみ病名を告げるというのが昔から長く続いた慣習でした。しかし、これはインフォームド・コンセントの概念に反し、実際インフォームド・コンセントの概念の普及とともに、がんの告知率は大きく上昇しました。現代の日本では、ほぼすべての医療機関が、患者さん本人に正しい病名を告知することを原則としています。

一方で、がん(特に終末期)の場合は病名を告知してほしくないと考える人は今でもいます。

最善の治療を尽くしても予後が悪いと考えられる場合、インフォームド・コンセントの原則を忠実に守るなら、例えば「あなたは末期がんであり、3か月以内に死亡すると考えられます。

手術や抗がん剤治療などの積極的治療は不可能であり、治療方針は苦痛を取るための緩和医療が主体となります」といった情報は、真っ先に患者さん本人に伝えなければならないことになります。実際にこれらの情報を伝えることが前提となる緩和医療が、日本でも浸透しつつあります。

しかし、ここまで明瞭な情報が患者さん本人に告知されることは、世界的に見ても多くはありません。本人の性格や精神状態、ご家族の希望は千差万別であり、これらを考慮しながら最終的に伝える情報の範囲を決めていき、禍根を残さないように配慮する、といった対応をとる必要があると思います。

ただし、病名を偽ったり、隠したりするのは良くないと思います。ときには苦しい治療を受けたり、実際に亡くなるのも本人です。私もかなり以前、前任の医師がご家族の意向を酌んで、肝臓がんを良性の肝臓腫瘍と本人に偽って伝えて医療を行っていたために、患者さんが「私をだましていたの?」とご家族や私たち医療者に不信感を持ち、死亡される間際に大変な思いをしたことがあります。いくら私たち医療者やご家族が猿芝居をしたところで、本人は最終的に自分の病気に気付き、医療不信を招いてしまうのです。

また、がんのことを「悪性腫瘍」と言ったり、「悪いもの」というような漠然とした表現で患者さんに伝える医師もいます。

定義上、がんは悪性腫瘍の一つであり、がん以外の悪性腫瘍として、血液疾患の白血病・悪性リンパ腫・骨髄腫や、筋肉や骨に発生する肉腫も含まれます。日本語とは難しいもので、そういう定義を知っている一般人はほとんど存在せず、「悪性腫瘍」はがんではないと認識している人が多いですが、定義でもわかりますように、「悪性腫瘍」とがんは同義語と考えて差し支えないと考えます。ましてや、「悪いもの」ががんを指していると思う人は皆無だと思います。

どうしても、がんイコール死というイメージが強く、良く言えば柔らかく伝えるため、悪く言えば誤魔化すために、そういう言葉を用いるのでしょう。

しかし、がんであることに変わりはありません。私は治療にあたる身でもありますので、単刀直入にがんであることを本人やご家族に伝えます。きちんとした情報を伝えないと、検査や治療などの話を前に進めることができないからです。正確に病名を本人に伝えることで、つらい検査や治療も受け入れることができ、これからの人生設計を考えることができるのだと私は思います。

あと、日本人はがんを特別扱いしすぎているのではないかと思います。がん以外にも、命を落とし、生活の質(QOL)を低下させる怖い病気は山ほどあります。心筋梗塞、脳梗塞、脳出血、敗血症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)……などなど、挙げたらきりがありません。

心筋梗塞や脳出血、敗血症などは数日・数時間・数分で命を落としてしまう、まさに急性期の病気ですが、がんの場合はそのような急激な転帰をたどることは少なく、ある意味で慢性疾患ととらえることもできます。ALSに代表されるような難治性の神経疾患は、急激な点帰はたどらないものの、少しずつ身動きがとれなくなり、QOLが著しく低下して最後は死に至る恐ろしい病気です。

しかし、がん以外の病気の告知は問題視されることはほとんどなく、そういう意味でがんは特別扱いされすぎだと思います。のちにも触れますが、むしろがんは生活習慣の悪化や老化が関連する馴染み深い病気なのです。

私は判断能力のある患者さんにはきちんと病名を伝えて、本人の質問には極力わかる範囲でやんわりと答えるようにしています。例えば、膵臓がんで予後が半年くらいと思われるときに、本人から「私はあと、どれくらい生きられますか?」と聞かれれば、「一般的なデータでは半年くらいだといわれていますが、個人差があるので何とも言えません。ご本人の生命力によると思います」とお答えします。私の経験からすると、本人は聞きたくないことは聞いてきません。特に、がん治療においてインフォームド・コンセントは非常に重要だと考えています。
 

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『やぶ患者になるな!』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。