ギリシャには多くの神様がいますが、その一人(?)に「もの忘れの神様」がいます。残念ながら、日本には「もの覚えの神様」菅原道真公が北野天満宮や太宰府天満宮などに祀られていますが、「もの忘れの神様」を祀った神社は仄聞の限りでは聞いたことがありません。

「ものを忘れること」は、精神を健康に保つのに良いようです。失敗や失恋をいつまでも引きずっていると、良くありません。見たり、聞いたりしたものは情報として脳の前帯状回や前頭前野で処理され、貯えられます。その貯まった記憶を呼び起こして、適切な行動や発言をします。

この記憶をワーキング・メモリー(作動記憶)と呼びます。その記憶を介して、思い出ができ、例えば「藪から棒に」といった言葉の意味が分かり(意味記憶)、自転車に乗るなど道具を使うことができます。これらができなくなることがもの忘れです。

ワーキング・メモリーの検査として、数字を2桁、3桁、4桁、5桁、6桁、7桁、8桁と増やして、どこまで覚えられるかという検査方法があります。高齢者は7桁や8桁の数字はとても覚えられないので、自信を失わないように5桁か6桁ぐらいで止めます。

他にもウィスコンシン・カード・ソーティング(札の並べ替え)試験という検査があり、3、1、4など赤、青、黄色の色のついた数字を使います。最初は「3」という数字を探し出しなさいと指示し、その後「赤色」を探すように指示することによって認知機能障害を明らかにします。

厳密な定義はありませんが、一般に記憶を時間により1日~1週間まで最近覚えたことと、それ以前の古い記憶とに分けて、前者を近時記憶、後者を遠隔記憶と呼びます。新しい記憶だけが障害される病気があり、これを健忘症とか記銘力障害などと呼び、認知症と区別することもあります。

頭部の打撲、海馬や視床の血管障害、アルコール症によるコルサコフ症候群などが代表的な記銘力障害です。アルツハイマー病なども、初期には新しい記憶のみが障害されます。記銘力障害では即時記憶という1分程度の短い期間の記憶は保持され、1分を上回る短期記憶は失われることが多くなります。即時記憶障害や短期記憶障害の有無や程度は、たとえば数字や物品名の繰り返しによって検査できます。即時記憶は大部分(90%以上)が間もなく失われます。

人は頭部外傷などをきっかけにして記憶を失います。きっかけ以前のことを忘れる記憶障害を逆行性、それ以後のことを忘れるのを順行性と呼びます。ところで、明らかな原因もなく、急に記憶がなくなり、しばらくすると元に戻る一過性全健忘という病気があります。回復した後は異常がないため、認知症とは区別します。

健常高齢者でも新しいことを覚える記銘力が低下しますが、このことを流動性知能とも呼びます。漢字の記憶などは高齢者になっても減らないばかりか、かえって増えることもあります。これを結晶性知能と呼びます。若い人の流動性知能と高齢者の結晶性知能がうまくかみ合わせてより良い社会を作って行くことが大切です。

この共生を大切にしなければいけないようです。
 

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『認知症の人が見る景色 正しい理解と寄り添う介護のために』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。