夏祭り

夏休みが終わり、二学期に入っても幹也の痣は止まなかった。事態を重く見た学校は、児童虐待を疑い伊勢市にある南勢志摩児童相談所に相談を持ち込んだ。

持ち込まれた相談から数日後、相談所の女性職員二人と学校の担任の計三人による家庭訪問が行われることとなった。三人は、幹也の父濱田逸男の都合が良いという日の午後に訪問した。

三人が通されたのは四十インチほどの液晶テレビとソファセットが置かれた客間だった。学校の担任教師や相談所の職員の家庭訪問があるというのでどうにか部屋は片づけたのだろうが、隅にはまだ綿埃が積もっていた。

三人掛けのソファの真ん中に座り上原紀代美と名乗った相談所の職員が今日の訪問の趣旨を説明し、幹也の痣のことを尋ねた。

「そんなことでわざわざ来たんか? 役所も学校も暇じゃのう。言っても聞かんときには叩いてでも言うことを聞かせるのが親の務めじゃ。そりゃ、叩けば痣の一つや二つぐらいはできるわな。幹也は俺の子じゃ。躾のために叩いたぐらいで何の文句がある!」

初めから喧嘩腰だった。逸男は如何にも不愉快だと言わんばかりの表情で興奮気味にそう言いながら三人を睨めつけた。

「仰る通り幹也君の腕や脚、それに体にも叩かれてできた痣がいくつかあります。お父様は躾でしょうが、毎回実の親に痣までできるほど叩かれる幹也君の気持ちにもなってあげて下さい」

女性職員は興奮気味の逸男を宥めるような口調でゆっくりと話し出した。喋るときの癖なのか女性職員は膝に置いた左手の手首辺りを右手で盛んに摩った。傍らの担任の教師は、女性職員のお手並み拝見とばかりに黙って座っていた。

「誤解をなさらずに聞いていただけますか? これは一般的なことですが、子供も最初はちょっと怒鳴られただけで怖かったのに、それが続くと慣れてきます。

言うことを聞かせるためにはさらに今度は叩いてでも聞かそうとします。しかし、子供はそれにも慣れます。

段々とエスカレートして痣ができ、やがて泣き出すまで怒鳴り叩いてしまうようになります。

それぐらいで済めばまだいいのですが、場合によってはさらに重大な結果を招くようなところまで行き着くことにもなり兼ねません。

そうなれば、その行為が例え親が子を躾けるためであったとしてもお互いに悲劇となってしまいます。

小さい子供は生きていくためには親を必要とします。

親にしてみれば躾であってそんな積りは無いとしても子供は不本意ながらも必死に親に従おうとして、結果、体ばかりか後々まであとを引くような傷を心に残してしまいます。

親子に取ってこんなことはやはり好ましいことではありません。

私たちは、子供とは愛情という絆で繋がるべきで暴力で従わせるべきでは無いと考えています。

お父様お一人での子育ては大変でしょうが、どうか親の貴方が気持ちを落ち着かせ、子供さんに優しく接してあげて欲しいと思っています」

言い終わると上原はお願いしますと深々と頭を下げた。使う言葉は慎重だった。逸男に虐めや虐待との言葉は一度も使わなかった。

使えば火に油を注ぐ結果になることをこの女性職員は場数を踏んだ経験によって知っていたからだ。