もちろん、芝居に協力してくれたお客様には、きちんとフォローした。100%その人のためを思って仕事ができていたわけではないけれど、僕のことを気に入ってくれた人を不幸にはしたくなかった。

僕も、お客様もみんなで幸せになりたいと思う。お客様の中には僕が苦しんでいることを知って、そんなに興味があるわけではないけれど、と言いながらノルマ商品を買ってくれる人もいた。

毎日ノルマノルマと責め立てられて、その辛さから逃れたくて、たまたま話を聞いてくれたお客様に、絶対にお勧めできない商品を売りつけたこともある。

自分が浮かび上がるために誰かを引きずり下ろす罪悪感。地獄だった。こんなことはやりたくない。会社に行きたくない。早く会社を辞めたい!!

僕は決心した。自分の心をすり減らしてまでノルマを達成するのはやめよう。信用取引が緩和されるのを待とう。電話での営業で10分でも長く残業して、残業代を貯めてトレードに回せる資金を増やす。会社に我が身を削り取られるのではなく、今ある会社の仕組みを自分のために使うんだ。

当然新しい上司からは罵倒される。どんなに怒っても僕の営業成績が上がらないので、上司が頭にきて、四季報を掴んで僕の机の上に叩きつけたことがある。分厚い冊子がスチール机にぶつかって、鈍く低い音がフロア中に響いた。

「お前はやる気があるのか! お前みたいなやつを給料泥棒っていうんだ!!」

そのとおりだ。

「ハイ、スイマセン、頑張ります」

どんな罵声にも下を向いてしおらしく答え、ただ、耐えた。本店営業部に配属になってからずっと、僕は目立たないようにふるまってきた。職場ではほとんど顔を上げず、最低限の会話しかしない。

部署の飲み会でも酒は飲めないということにして静かに座っていた。ここは僕の居場所ではない。1分1秒でも早くこの場所から去りたかった。規制緩和の通知が出ることをただ待ち続けていた。

2012年7月30日。日本経済新聞に待ちに待った見出しが出た。

“証拠金規制、年内にも緩和信用取引、売買当日の再利用解禁”

ついにこの日が来た。取引に使うための資金も200万円ほど貯めることができた。

翌日、僕は退職願を書いて課長の席に向かった。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『よそ者経営』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。