その年の夏も浜辺で花火大会が催され、美紀は浴衣に着替えて友だちの美智子と共に浜辺に見に出掛けた。余所から見に来た者はともかく、「祭の花火は浴衣を着て見るもんや」こんな横並びの意識が見事に働きこのときだけは地元の者はほとんどが浴衣を着て見物に遣って来た。

父親に肩車をして貰っている幼子や両親と両手を繋いだ子供たちに目を遣りながら二人は花火がよく見える場所に陣取り、レジャーシートを敷いて座り花火が打ち上げられるのを待った。

「美紀ちゃん、あそこ」

美智子が顎で方向を示した。幹也だった。普段の首回りの伸びた長袖のトレーナーと違い、幹也は真新しい浴衣を着て一人でポツンと立っていた。白地に紺の格子柄の浴衣に青い帯を締め、手に酒屋の名前が書かれた団扇を握っていた。

「あいつね、いつも親に虐められているのよ。あそこのお父さんの怒鳴り声と御免なさい、御免なさいって泣きながら謝るあいつの声が外まで聞こえて来るの。あいつ、体中に叩かれた痣があるらしいよ。私は見たこと無いけど」

そう言って美智子は恐ろしいものを見るような眼をして幹也を見遣った。

幹也は一年生のときから大人しくクラスでも優秀であり、美紀には何度も叱られるような悪戯をするとは考えられなかった。恐らく、美智子の言うように親による虐めを受けているのだろう。

自分の何が悪いのかもわからず、逃げ惑いながら叩きまくられ、体の痛みより実の親に打たれる心の痛みに耐えている幹也の悲しさに心がいった。元はといえば幹也自身には全く関係なく起こったあの事件のせいだ。美紀は幹也を哀れにも不憫にも思った。

「幹也く〜ん、こっち、こっち」

美紀は突然立ち上がり、幹也に大声で手を振った。声を掛けられた幹也は驚くような顔を美紀に向けたが、側に座っていた美智子も驚いた様子だった。

「さっきの話、内緒よ」

浴衣姿の幹也が近づいて来るのを見て美智子は口早にそう囁いた。

「何だ、何か用か?」

真新しい浴衣を着た幹也はそう言って自慢気な視線を美紀に向けた。

「ここに座って」

美紀はそう言いながら敷かれたレジャーシートに幹也の座る場所を空けた。隣の美智子が露骨に嫌な顔をした。美紀はコンビニのビニール袋からファンタの蒲萄ジュースのペットボトルを取り出した。

「あげる。ここで一緒に見よう」

そう言った美紀から黙ってジュースを受け取り、幹也は美紀の隣に並んで腰を下ろした。

「浴衣、似合っているよ」

美紀が褒めると、幹也は照れたように笑った。しかし、ジュースを飲む幹也の浴衣の袖からチラチラと見える二の腕にはくっきりと赤黒い痣が二つほどついていた。美紀の胸がキュンと鳴った。

やがて花火が上がり始め、三人は黙って空を見上げた。その夏の花火の炸裂音は美紀の耳にはいつもの年より小気味よく響いた。
 

小さな海辺の町で生まれ育ち、スナック「漁火」で働く美紀には小学生の頃の忘れられない思い出があった――。つましくも明るく暮らす人々の交流と人生の葛藤を描いた物語。