夏祭り

それから一年ほどが経ち、美紀は小学四年生になった。六月になり学校も衣替えの時期を迎えた。

しかし、級友たちが半袖に着替えても幹也は一人首回りの伸びた長袖のトレーナーか長袖のシャツで袖口だけを少し捲って着ていた。

そんな中、幹也の近所や友だちの間で妙な噂が流れ出した。幹也の家から子供の悲鳴が聞こえるというものだった。

噂は学校にも届き、幹也一人が衣替えの時期になっても腕を覆う長袖を着ていることを訝った担任の女性教師は、昼休みに幹也を職員室に呼び腕を捲らせた。幹也は捲ることに拗ねたような抵抗を示した。

「じゃあ、先生が捲る」

女性教師がそう言って幹也の腕を掴むと観念したかのように自分で捲り出した。シャツの捲り上げられた両方の二の腕には青い痣や赤黒い痣がいくつかあった。女性教師は幹也の手首を取り、痣を点検するように眺め回した。

「幹也君、どうしたの? この痣」

女性教師がそう訊くと幹也は黙って下を向いた。

「ねえ、どうしたの?」

女性教師は幹也の手を握りさらに訊ねた。

「転んだ」

幹也は顔を上げ困惑したような表情を浮かべて一言そう答えた。

「転んだ?」

女性教師は真っすぐ幹也の目を見ながら幹也の言ったことを繰り返した。

「この前、家の階段で転びました。痣はそのときにつきました。ふざけながら階段を降りようとした僕が悪かったのです。でも、もう大丈夫です。少し痛かったけどもう治りました」

必死でそう説明した幹也は女性教師に掴まれていた手を振り払い、すぐに袖を手首まで戻した。

転んでできる痣かどうか容易に見分けがついたが、転んだときについたと必死で主張する幹也に女性教師は、憐みの表情を示しながらもそのときはそれ以上の説明を求めることはなかった。

頭が良い故か一際繊細な神経を持つこの優秀な生徒のつらい気持ちが痛いほどに理解できたからだった。