私は不思議と、この体なのに助かる自信があった。私より重たい症状、ご高齢の患者もいて、夜勤の病院スタッフの数を考えると、比較的年齢の若い私は、自分が助かるということを考えつつ、逃げるだけではなく『何かできることをしなければ』とも思ったが、よい意味で実現しなかったのだ。

ベッドに横たわり考えた。

今までの人生で、何度も死にたいと思うくらい、つらいことがたくさんあった。本当に死んでしまいたい、と思ったこともあった。だが、いざ実際に今回のように死の恐怖に直面した時に、不自由な体でも、

『何としてでも生きる』

という気持ちが湧き上がり、助かる方法を模索している自分がいた。不思議なものだ。

そんな自分が少し滑稽にも思え、布団の中でニヤリとしながら眠りについた。

テレビが観たい

テレビは予約制らしく予約をお願いしたのだが、何と、テレビがすべて貸し出されていると聞き、空きがないと言われた。ショックだった。倒れるまでの私は、テレビを観ることが、当たり前の日常だったからだ。

仕方がないのだが、テレビを観られないのはつらかった。

しかし、ありがたいことに年末で一時帰宅される方のテレビをお借りすることができた。嬉しかった。

12月31日。夕食に年越しそばも出て、おそばをいただいた後、夜にベッドでイヤホンをつけて紅白歌合戦を観た。動かない右半身に不安はあったが、歌を聴くことができ、元気をもらえた。

『病院で年越しを迎えることになるとは思わなかったな』

意外に冷静な私が、そこには存在していた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『アイアムカタマヒ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。