翌朝、授業が始まるまでの間に、村井という奴も、その話を話題に皆に話していた。

「おい、みんな知っとうか。王子動物園の北にある、女学校の校舎の上に立ってるマリア像が、夜になると動くらしいで。あの近所では、みんなが気味悪がってる」と言うと、側にいた数人が自分もそのことを聞いていると応じた。

これを聞いた茂津は、「俺は昨日見たぜ。たしかにマリア像は、動いたぜ」

「ほんまか! お前見たんか。何かの錯覚とちゃうんか?」

「馬鹿言え! 別当も宗も見たぜ。3人とも見たんだぜ。間違いないよ」

このやりとりを聞いていた、イヤミ女の山村が、「3人とも、どうかしてるんとちがう。安物のホラー映画じゃあるまいし、銅像が動くわけないでしょ。3人とも目が悪いのか、寝不足でボケっとしていたのか、どっちかよ」といつもの調子だ。

「何やと!」と宗が詰め寄ろうとしたが、勉が割って入って、「やめとけ、言うても無駄や」と宗の腕を引き寄せた。ちょうどその時、ホームルームの時間になって、担任の喜田が教室に入ってきたので、みんなが席に着きだした。

宗が「嫌なやっちゃ、ほんまに!」と言いながら席に向かおうとすると、「だけど、ちょっとばかり美人だぜ」と宗の顔を見ながら茂津がニヤリと小声で言った。宗はとまどいの表情を見せた。

マスコミには取り上げられなかったが、それからも、マリア像が動くということが、世間で取りざたされた。さすがに、女学校も原因を調べることになったらしい。しばらくして、女学校が公式に発表したわけではなかったが、調査して分かったことが世間に流れだしてきた。

数日後、それを茂津が耳にしたらしく、登校してすぐに、すでに教室にいた勉と宗に話した。

「おい、あのマリア像が動く原因が分かったらしいぜ。全くの茶番だよ。笑わせやがる」

例のごとく、したり顔で切り出した。それを聞いて勉は、

「ほんまか! 何やったんや? 早よ言えや」と茂津を急かせた。

「何のこたあねえよ。銅像を台座に留めていたボルトが、緩んでいたんだとよ。ヘソで茶を沸かすとは、このことだな」

「なんやてえ! そうなんか。おどかすなあ、ほんまに」と勉はあきれ顔で言った。

「確か、3人で見に行った夜は、少し風が強かったぜ。ボルトが緩んでいて、銅像が風に吹かれて揺れたんだよ。大きく動く訳じゃあないから、昼間はわかりにくいけど、夜はライトアップされてるから、目立ったんだよ。それだけのことさ。人騒がせなこったよ、まったく」と茂津が言うと、宗はいつもの生真面目な顔で、

「そやけど、永い間雨風にさらされていたというても、なんでボルトがかってに弛んだりするんや。おかしいやないか。茂津は笑うかもしれんけど、やっぱり今の世相を天が戒められるために、マリア像を動かしたんとちゃうかと思ったりするんや。

俺は、何の宗教にも傾倒しているわけやないけど、世の中には、確かに人の力を超えた科学では説明のつかんような、何かがあるように思ってるんや。それを、神のなせる業というべきもんかどうか分からんけど」

「冗談じゃあねえよ! 銅像は永い間雨風にさらされてきた。だから、重い銅像に風圧がかって、徐々にボルトが緩んだんだよ。ただそれだけのことだぜ」と茂津が言うと、

「俺は物理的なことだけで、今度のことを語りとうはないということや」と宗が応えた。

茂津が真顔になって何か言おうとした時に、ホームルームのチャイムが鳴ったので、勉が、「これは昼休みに話そうや。面白い話になりそうやんか」と言った。

このやりとりを、近くで聞いていたイヤミ女の山村は、「さすがは、3馬鹿トリオ! しょうもないことで話し合うんやね」と憎たらしく笑いながら言った。

勉は「ほっとけ、こんな女」と、ムッとした顔をした2人に向かって言った。その時、担任の喜田が教室に入ってきたので皆が席に着いた。

勉は、2人のやりとりを思い浮かべながら、自分なりに考えをめぐらし、喜田の話は耳に入って来なかった。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『海が見える』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。