第二章 道徳と神の存在

夕食後、勉がその交差点に行くと、2人はすでに来ていた。茂津は、「ちょっと前からここにいるけど、全く動かねえぜ。どうかしてたんじゃねえのかい、春風亭キマジメさんよ」と宗をからかって言った。

「いや、確かに見たんや」と語気を強めて言った。勉は「まあ、もうちょっといよか」と2人を見ながら言った。

3人は、ライトの淡い光に照らされたマリア像を、しばらく見上げていたが、全く動かなかった。

茂津は、「全く動かねえぜ。笑福亭イシアタマさんよ。お前はあまり眼が良くないようだから、錯覚でそう思ったんだよ。もう帰ろうぜ」とうんざりした顔で言った。夏の夜風がその顔をそっと撫でた。

勉は、「宗、どうする? 茂津が言うように、もう帰らへんか?」と宗の顔をのぞくように言った。

すると、見上げたままの宗が、押し殺した低く強い声で「動いた!」と呟いた。2人はとっさに見上げると、顔を強張らせた。確かに、暗闇の中で淡い光に照らされたマリア像が、左右にゆっくりと動いているのである。さすがに茂津も顔を強張らせ、「信じられん!」と喉から声を絞り出すように呟いた。勉は、「ほんまや!」と押し殺すように言うのが、やっとのことだった。

すぐにマリア像の動きは止まったが、3人は体を強張らせたまま、マリア像を見つめ続けていた。するとまた、マリア像が動いた。

3人は青ざめた顔を引きつらせ、誰が言うともなく、女学校の前の坂道を転げるように一気に下り、王子動物園沿いの山手幹線道路まで駆け抜けた。

3人は立ち止まると、肩を大きく震わせ、息を弾ませ続けながら、硬直させた顔を遠くのマリア像に振り向けた。動悸が少し治まると、茂津が「さすがに驚いたぜ。まさかなあ」と言うと、

「ほらみろ、俺は嘘をつかへんて。世の中が乱れきってるから、神さんが怒ってるんやで」と宗は、いつもの生真面目な顔で、まだ息を弾ませながら言った。

「こんなこたあねえと思ってたけど、確かにな」と茂津が真顔で言った。

勉は動悸が続く中で、「何か不思議というか、恐ろしい感じもするなあ。とにかく、けったいな感じや。何かどっと疲れが出たわ。ちょっと遅うなったから、今日はもうこれで帰らへんか。明日学校で話そうや」と言うと、2人もうなずいてそれぞれ帰路に就いた。