父は、え、と言ったきり黙り込んでしまった。

「せめて専門学校へ行ったらどうや。手に職をつけてたら、いつかは役立つ時があるんやで」

看護師の資格を持つ祖母は何度もそう言ったが、もう決めたから、と突っぱねた。何とか就職は思い通りにいったものの、結婚となるとそうはいかなかった。

葵はこの家の跡取りなんやから。兄が不慮の死に方をしたので、この家を守って行くのが宿命であるかのように、家を継ぐということばが私を縛り付ける。

二十二歳の時に、叔母が見合いの話を持ってきた。

相手は、坂本家の養子に入ってくれるという。その話をすんなり受け入れたわけではなかったが、断る理由が見つからない。当時つき合っていた祥一郎は、家電メーカーに就職して二年目だ。結婚なんて考えてもいないだろう。ましてや彼は二人兄妹だ。思い悩む私の気持ちなど誰も察してはくれないまま、見合いの話はとんとんと進んだ。

「向こうさんはな、葵の写真を見て一目で気に入らはったみたいやで。今時、婿養子に来たろうなんて言うてくれる人は、そうそういてへん。有り難い話やないの。これ以上の話は滅多にないで」

話を持ってきた叔母は、良縁だと繰り返す。見合いの相手は郵便局に勤務していた。

「真面目だけが取り柄のような人やけどな。男はそれが一番大事なんやで」

叔父叔母が揃って褒め称え、有無を言う暇もなかった。見合いの日、相手の人はおろし立てに見えるスーツを窮屈そうに着て肩を窄めていた。