福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸藩主に謀反の計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていくお転婆な福井藩医の娘、百合。男子として育てられた彼女は、父の仇討ちと藩士の謀反制圧を果たすことができるのか…。佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
「だめ、今は来ないで」
そう言うと姉は布団を頭の上までかぶってしまった。百合は何も言えず、その場をそっと離れた。
昼過ぎ父がげっそりと疲れた顔で帰って来た。その足で姉の寝ている離れの部屋に行く。百合はそっと後を追った。
「綾菜、入るぞ」
百合が廊下からそっと覗くと姉はまだ仰向けに寝て、布団を深くかぶっている。
「綾菜、お前に言われたことを、今日健之助殿に伝えに行って来た。ちょうどそこに健一郎君も現れて、お前の提案を言下に断られた。取りつく島もなかった。彼は綾菜が良くなるのをいくらでも待つそうだ。故に婚約を解消することは断じて断るとのことだった。健之助も全く同じ意見のようだったので、もう少し時を見ることにした。当分は健之助にこの話、預けてきた」
「…………」
「良いか綾菜、労咳は治りにくい病だが、私は治った症例も沢山見てきた。お前の気持ち一つで、今後の進展も変わってくる。今健一郎君の気持ちを無視してお前が身を引いたところで、何も良い結果は得られぬ。それより、健一郎君をはじめ皆の願いを糧に、必死で病と闘うことこそが今お前の最もしなくてはならないことだとは思わぬのか」
「…………」
綾菜はまた泣いているようであった。そして暫く後、「父上、申しわけありませんでした。私の我儘でした。お許し下さい。一生懸命病と闘いますから、どうかお力をお貸し下さい」
と綾菜は漸く言った。
「うむ、頑張れよ」
そう言うと父はすっと立ち上がり、部屋を出てきた。いきなり百合とすれ違ったが、立ち聞きしていたことには何も言わず、さっさと行ってしまった。百合はその目に涙を見たような気がした。
※本記事は、2021年2月刊行の書籍『遥かなる花』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。