王様も言いました。

「この領土は王子、おまえにあげよう」

王子様はじっと考えていましたが、なにも言いませんでした。ある夜、カタツムリはカマキリの親子がこんな話をしているのを耳にしました。

「あの王子様は臆病者さ。外が怖くて庭を一歩も出ないんだ」

カマキリの子が胸をはって得意そうに言いました。

「ぼくは平気だよ。お母さん」

カマキリのお母さんはうれしそうに息子の頭をなでました。カタツムリは思わず心で叫びました。

「王子様は臆病者なんかじゃない」

このごろは池の中のハスの葉の上が、王子様のおきにいりの場所です。ある夜明けに大きな音がして、つぼみだったハスの花が美しい花を咲かせました。それ以来その花が王子様の新しいお友達になったのです。

その日も王子様は花がよく見える場所に朝早くから寝転んですごしていました。ハスの花は長い首を伸ばして王子様の顔をのぞきこみながら言いました。

「王子様、いつまで寝転んでいるのですか? お兄様やお姉様のように旅にでかけないのですか?」

実はハスの花も王子様が臆病者だといううわさをどこからともなくききつけて気をもんでいたのでした。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『思い出は光る星のように……』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。