道志村の風魔の隠れ里に住んでいた桔梗の先祖は、江戸時代に、風魔の残党である一派が盗賊となって江戸近辺を荒らしまわり、天正年間に対立していた盗賊一派の密告によって根絶やしにされたという。

その内の逃げおおせた者たちが道志村の山奥に住み着いたと言われている。

周囲からの迫害をしばしば受けながらも、『忍者の隠れ里』としての体裁を戦後も細々と引き継いできた一族だったが、十年前、山梨県の下九十色村を根城にしていた『光と命の国』という新興宗教が、警察と自衛隊の協力による一斉捜査により殲滅された際に、桔梗の隠れ里は教団関係の秘密施設と疑われ、隠れ里の全員が強制連行または強制退去させられてしまった。

その時はたまたま身分を隠して甲府市内に物資の買い出しに行っていた桔梗は、戻ってみると隠れ里が取り壊されているのを見て慄然(りつぜん)とした。

「また、ここも追われるのか……」

思えば忍者は、その発生の所以から、諜報活動、破壊活動、謀術、暗殺などを生業としていたため、祖先から代々続けられてきたその所業の報いとして、生き延びた子孫への過酷な運命が課せられたというのだろうか。

本当に、桔梗たち忍者は、迫害また迫害を歴史的に受け続けてきた。

「人はなぜ、差別・迫害をするのだろう」

桔梗は物心ついた頃からずっと、そのことを思い続けてきた。子供の頃はそれでも、

「憎しみは憎しみしか生まない、我慢するのだ」

と言われて、いずれは憎しみを投げつけてくる相手に天罰が当たればいいくらいに思っていた。少し世の中のことが分かるようになると、人間の歴史を見ても迫害されるものは一方的に迫害され、差別される方もずっと差別され続けることの方が多いことに気が付いてきた。

身分制度でも権力でもそう。上の者が下の者を押さえるのに都合がいい仕組みが常に作られてしまっているようだ。桔梗を産んだ夫妻は、厳しい隠れ里のしきたりや生活の苦しさについて行けず、桔梗を残してどこかへ行方をくらました。

その桔梗を自分の孫のように可愛がり、自分のもつ秘術のすべてを叩き込んだのが、隠れ里の十五代当主、風間次郎斎だった。

次郎斎は桔梗に、その風魔の隠れ里で生きていく術を教えたが、もちろんそれは人間として、女性としての生きる幸せを感じるものとは程遠かっただろう。

桔梗のような若い女性は、隠れ里では一人だけだったので、時には若い男の性欲の処理まがいのことまでさせられていた。

桔梗は最初はその意味すらも理解出来なかった、桔梗はたまに身を隠して街中へ物資の調達に行くとき以外に人里と接触することはなかったが、幸せそうに歩いている親子連れなどを見かけると、なぜか胸が詰まる思いがした。

それでも桔梗は、隠れ里の掟・しきたりのなかで暮らしていくことしかできなかった。

他の選択肢はなかったから……。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『怨み・ハラスメント』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。