これって、こんなに自分のことを信頼してくれる人を、騙していることになるんじゃないか。そう思うと胸が苦しい。そう思いながら笑って商品を勧めている自分自身に吐き気がしてくる。でも、売らなければ! 部長や課長に尾行されないために。

ネチネチと嫌味を言われ、声を荒げられないために。僕は精神的に追い詰められて疲れきっていたのだが、そんな僕にも少しは良心が残っていた。何かこのお客様にプラスになるものを売ろう、お互いにとってプラスになることをしよう。

そう思ってこの女性にはリーマン・ショック後で値が落ちていた毎月分配型のリート投信を勧めた。

「毎月分配金としてお金が入りますし、娘さんに何か買ってあげれば喜ばれますよね」

その人は、「へぇ、そうなんや」というふうに、笑顔でうなずいてくれる。

「何がいいですかねぇ。娘さんは何がお好きですか」

そうやって相手に楽しい時間を提供することで、僕の疲労感も和らいだ。一方で、金回りのよさそうな個人経営の社長さんには、こちらの売りたい日経平均リンク債を買っていただいた。

リンク債はハイリスク・ハイリターンの商品で、一般のお客様に対してはとても売りにくい。このリンク債を売った時は、いつも文句しか言わない課長も驚いて、「おー、お前、よくやったなあ」と、手を叩いてみんなの前で僕を褒めた。

社長さんにはもしかしたら大損をさせてしまうかもしれないので、代わりに、僕が仕入れた株の知識でアドバイスをした。

「この株は、僕自身注目しているんですよね。下値は980円くらいを見ていて、上値は1500円までを見ているんです」

こうやって、まず自分を売りこむことで、投資信託を買ってもらえる人が増えていった。そして、その年の冬が来る頃には、投資戦略室で僕は営業成績ナンバーワンになった。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『よそ者経営』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。