営業成績ナンバーワン

投資信託や債券には不確実性が含まれている。売るこちら側が、未来の値動きを保証することはできない。もっといえば証券会社は「手数料の高い商品を売りたい、売り買いで手数料を稼ぎたい」のであって、必ずしもお客様が儲かるものを売ろうとしているわけではない。

お客様自身に証券の価値を判断してもらう必要がある。そうはいってもリターンに保証のない、価値がはっきり見えにくい証券を信頼して、買ってもらうのは難しい。それなら証券を買ってもらうためには、営業マンである僕自身を信頼してもらうしかない。

価値がはっきり見えない証券への信頼を、僕という目に見える個人への信頼に替える。そのためには、まずはいかにたくさんの人に自分を気に入ってもらえるかだ。僕は自己紹介のアピールチラシを作った。名前、出身地、趣味―。「今住んでいる場所が近所なので、おすすめのお店とか教えてもらえたら嬉しいです」など会話のきっかけになるような一言を添える。

それを自分の担当のエリア全戸に配る。1軒ずつインターホンを押して声をかけ、了解を取ってチラシを入れさせてもらう。一週間後にはまた近況を加えた新しいチラシを印刷し、再度配っていく。そうやって、何回も内容を工夫してチラシを入れさせてもらっていると、そのうちにインターホン越しではなく、ドアを開けて話を聞いてくれるお客様が出てきた。

だからといってすぐに商品の説明はしない。とにかく自分を気に入ってもらい、信用してもらわなければ商品を買ってもらうことはできない。身の上話をしながら、「僕、一人暮らしで彼女もいなくてー、夜ごはんで何か簡単に作れて美味しいものってありますか」などと言い、会話をつなげる工夫をする。

そのうち、人によっては、「今、この会社の株持ってるんやけど、もう売ったほうがええかなあ、どう思う?」と、証券絡みの話になったりすることもある。でも、ここで食いついたりしない。「そうですね」と冷静にアドバイスだけして、こちらの商品は紹介しない。なんだやっぱり商品を押しつけるのか、と思われたら、それ以上は話を聞いてもらえなくなる。

「ふぅん、投資信託……。なんか儲かりそうなん、あるの?」

その言葉が出た後で初めて商品の説明をする。それまでの雑談で仕入れた情報からその人の性格、生活状況を考えて、気に入ってもらえそうな価格の商品を数種ピックアップしておき、投資のシミュレーションなどの資料を話の流れに合わせて見せる。

そうすることでやっと商品の魅力をアピールすることができる。会社の事務所に入れてもらって話を聞いてもらえるようになった時には、話題作りのために、関西空港まで行って海外で売っているお土産を買ってきた。

「この前の連休でグアム行ってきたんです。お土産のチョコレートです、みなさんで食べてください」と、会話を盛り上げて親近感を持ってもらう。自腹を切らずに成果を上げることはできない。何か、人とは違う、自分だけの演出をしなければいけない。

そんなふうに営業に回っている中で、自己紹介チラシの内容―僕の出身が石川県ということ―から、親戚が金沢に住んでいるとか、何回か遊びに行ったことがあるということで親近感を持ってくれた年配の女性に出会った。

「玄関先は寒いやろ、上がってお茶でも飲みや」

その女性はそう言って僕をリビングに招き入れ、信用して預金通帳まで見せてくれるようになった。一人暮らしでは食事の用意が大変だろうと、帰りに買い置きのレトルト食品を持たせてくれた。次に訪問した時にはもちろんお礼を言う。

「この前いただいたカレー、めちゃ美味しかったです、12月なんでお礼にクリスマスケーキ買ってきました、一緒に食べましょう」と、言ってみる。僕としては少しでも手数料が高い商品を売って営業成績を上げたい。しかしディーラーを経験し、金融の動きを少しは理解している立場からすれば、今売っている投資信託は資金効率が悪いと思える。自分なら絶対に買わない。