何しろ小さな池の中しか知らなかった王子様にとってそこは別世界だったのです。そのうち秋が来てしまいました。それで王様やお后様と一緒に冬の宮殿で冬眠することになりました。今年は王子様が一緒なので王様もお后様も心強く幸せでした。

春が来ました。王子様は嬉しそうに毎日大谷夫人の庭をはねまわり、楽しいことをたくさんみつけました。まだ旅立つ気持ちはないようです。

ある日の散歩の途中で王子様は草の上で足をばたばたさせている青虫を見つけました。青虫の家はカラタチの木の茂みの中にあります。ところが大きなカラスがすぐ目の前に飛んできました。その羽音に驚いた青虫はいそいで逃げようとしました。

ところが、あまりあわてたので木からころげ落ちてしまったのです。はるか、上のほうに今まで住んでいた家が見えました。あまりに遠く、高く見えて、どうやったらそこまで帰ることができるのかと考えて、とても心細くなっていました。

それに体中痛かったのです。しばらく青虫を珍しそうに眺めていた王子様でしたが、すぐに青虫が上から落ちてしまったことがわかりました。可哀想に思った王子様は青虫を口にくわえるともとのカラタチの枝にそっと戻してあげました。

「わたしを食べないでください」

そう叫び最初は恐ろしくてブルブルふるえていた青虫でしたが、親切な王子様にすっかりうれしくなりました。

しばらくたったときです。いつものようにのんびり散歩していた王子様を、真っ白なバラの花のかげからそっとよぶ声がしました。

黒い立派なアゲハチョウが美しい羽を広げて王子様を見おろしていました。羽には虹色の光る輪がいくつもついていました。

「わたしをおぼえていますか?」

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『思い出は光る星のように……』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。