福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸藩主に謀反の計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていくお転婆な福井藩医の娘、百合。男子として育てられた彼女は、父の仇討ちと藩士の謀反制圧を果たすことができるのか…。佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
「健吾、唯ノ介君を家まで送ってあげなさい」
「はい、父上」
健吾は素直に百合を伴い道場から外に出て行った。
二人が道場を出ると、健吾は物凄い勢いでどんどん歩き出し、道場からかなり離れて誰からも見えない所まで来ると、いきなり振り向いて、真剣な口調で訊ねた。
「綾菜さんの具合はどうなんだ」
「分かりません。昨日私が帰って来る少し前に喀血して倒れたと兄が父を迎えに来ました。家に帰ってからも、静かに寝かさないといけないので、暫く様子を見に行ってはいけないと言われていて、いまだに姉とは話していないのです」
百合は急に俯いてしまって、答える声が震えだした。
百合と健吾はいわゆる幼馴染だ。健吾と聡太朗は同い年で、二人は学問も剣も一緒に学んでいる仲だが、それ以上に幼い時から一緒に過ごすことが多く、殆ど友というより家族のような仲であった。
どちらかというとじっくり物事を考えるたちの聡太朗に比べ、健吾は正義感が強く、思い立つとすぐ行動に移してしまう傾向がある。だが剣の腕前は物凄く、健之助に言わせるといわゆる天才肌な剣を使う。
むしろそれ故、健之助は殊の外健吾を案じることが多かった。人格的な成長が剣の腕前の上達に追いついていないというのだ。ただ驚くほど優しいところもあり、百合にとってはもう一人兄がいるような存在であった。
「母上は昨日、台所で肩を震わせて泣いていました。きっと姉の病気はかなり重いのだと思います」
泣きそうになった百合に、それ以上質問は出来なかった。
「兄上は昨日からあまりにご心痛で、食事も喉を通らないご様子なのだ。見ていてお気の毒でならない」
「でも姉上には、父上が付いていますから、きっとお元気になられます」
百合は顔を上げて、真剣な調子で自分に言い聞かせるようにきっぱりと言った。
「そうだな」
二人はまた小幡家に向かって歩き始めた。
両家の間には少々の林があり、その周りは草地であった。よく通られている小道が通じており、行き来が激しいのが分かる。お互いの敷地の境界には塀や生け垣がなかった。どこからが藤堂家の敷地でどこからが小幡家の庭か、今一つ定かでない。
そんなことはどうでも良いような両家の間柄であった。二人はすぐに小幡家に着いて、そこで別れた。
※本記事は、2021年2月刊行の書籍『遥かなる花』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。