勉は、「俺は海が好きなんや。家からも海が見えるけど、諏訪山のヴィーナスブリッジあたりに行こうや。あそこはええで」と大いに乗り気になって応じた。

宗も二つ返事で応えた。

「そらええわ。俺も神戸に永い間住んでるけど、そんなしょっちゅうは行かへんしなあ。3人で行こうや」

話はすんなりと決まり、次の日曜日にJR元町駅の西改札口で10時に待ち合わせすることとなった。

当日、勉が約束の時間の少し前に行くとすでに宗が来ていた。「茂津はまだや」と宗はやや不機嫌そうに言った。「まだ約束の時間は過ぎてないで。そろそろ来るやろ」と勉が言うと、生真面目な宗は、「約束時間の10分前には来るのが礼儀というもんやで。もうちょっとで約束の10時や。それまでに来なかったら、2人で行こうや」と顔をしかめて言った。

勉はいくら何でも、これには大いに閉口した。「お前、まあそう言うなよ。茂津にも都合あるかもしれんし、ちょっとぐらい待とうや」と言い終わったところで、茂津がやって来た。「ピッタシ時間どおりだろ」と茂津はニコッとして言った。勉が「待ち合わせには約束時間の10分前に来るのが礼儀というもんらしいで」と言うと、「きっと宗が言ったんだろ。お前の言うことも分かるが、ギリギリとはいえ、約束時間に来たんだからそんなにヘソを曲げるなよ。気持ちの良い時間を過ごそうぜ。家を出て来る時にちょっとしたことがあってな、すまねえな」と茂津は苦笑しながら話した。

「俺は待たされるのが嫌いでな。けど言い過ぎたかもしれん。茂津、ごめんな」

「いやいや、おめえの言うことも、間違っちゃあいねえと思うぜ。この次は俺も気を付けるよ。このことはもう終わり、終わりだ。いいだろ、宗」

「分かってるって」と宗は申し訳なさそうに、伏し目がちに言った。

3人は駅の売店で弁当とお茶を買うと、さっそく元町駅から北へ歩きだした。その日は天気も良く、県庁を越え相楽園の側を通って諏訪山公園に着く頃には、薄らと汗をかいていた。ここまででも、かなりの坂道だが、そこからは急勾配の細い坂道をしばらく登ることになる。茂津は勉に弱音を吐いた。

「まだ遠いのかい。坂道ばっかりで少し疲れたよ」

「お前は関東育ちで、平地になじんでたと思うけど、神戸は山と海が近いから、坂道が多いんや。分かってると思うけど、東西の道は平地でも、この辺みたいに南北の道のほとんどが坂道や。もうちょっと辛抱せえや。着いたら疲れが吹っ飛ぶで」「分かったよ」と微笑みながら茂津は額の汗を拭った。

しばらくの間、細い道を登ると、木々の間から急に視界が開け、青空が広がりを見せた。そこは、南側に眺望の開けた金星台と呼ばれている広場だった。「ここかい。海が一望できて良いなあ」と茂津が言うと宗は、「まだ序ノ口や。まだ上やで」と言った。勉も「茂津をがっかりさせへんから。もうちょっとで到着や。頑張れや」と言いながら足を進めた。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『海が見える』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。