とべたよ

大谷夫人はひとりぐらしです。

その庭の片隅にカエルの王様とお后様の小さなお城がありました。お后様は毎年春になると池のほとりでたくさんの卵を産みます。

最初は小さな卵ですが、やがて尾のついたオタマジャクシになり、池でひとしきり過ごした後は小さなカエルになります。

カエルの王子様や王女様はじっとしていません。ピョンピョンとびはねてしばらく足慣らしをすると早速大谷夫人の庭を飛び出してゆきます。楽しい旅のはじまりです。それを見送るのが王様とお后様の長年の仕事でした。

「こどもたちはいったい今頃どこまで行っただろうか?」

「みんなどこかで元気で暮らしているかしら?」

そう考えながら王様とお后様は夏や秋、冬を過ごすのです。

また春が巡ってきました。

このたびはお后様は最後となる卵を産みます。もう二度と卵を産むことはないでしょう。なぜでしょうか?

そう、また卵を産むには年をとりすぎてしまったのです。お后様は最後の力をふりしぼってたくさんの卵を産みました。その卵は無事オタマジャクシになりました。

池のまわりはまたにぎやかになりました。そしてやがていつものように可愛らしいカエルの王子様、王女様になり次々と旅立ってゆきました。王様とお后様はいつまでも手を振って見送ります。

「元気でいてね、わたしのこどもたち」

お后様は泣いています。二度とこどもたちに会うことができないと思うといつも悲しくなります。

それでもお后様は大きな声で叫びます。

「後ろを振り返らないで前へ前へすすむのよ」

これまでもずっとそのように言ってきました。ですから王子様も王女様も、まっすぐ前を向いて、振り返ることなく、元気で自分たちの旅にでかけてゆきました。

王様は年のせいか今年はいつもと違う気持ちになりました。なんだかひどく悲しくてさびしい感じがしたのです。

大粒の涙が王様の目からこぼれ落ちました。それをみつけたお后様も一緒に泣き始めました。

ところで一番最後の最後に生まれた王子様だけはなかなかカエルにならず、いつまでもオタマジャクシのまま池で泳いだり歌ったりしていました。

元気な手も足も出てきましたが、しっぽが残ったままでした。お后様は大変心配して何度もしっぽをひっくりかえしたり、ひっぱったりしてしらべてみましたがそれ以上変化がありませんでした。