その男はカウンターのヒノキの一枚板で作った頑丈な天板を一撃で叩き折った。

「あんた……何者だい?」

「この『亡霊酒場』をきれいにしに来た。姐さんの怨念を、よかったら俺が全部買ってやるよ」

「あんたに何が分かるって言うんだい!」

「あんたの旦那、吉岡吾郎は、もともと都会の暮らしが嫌になり、この北の地に農業をしにやって来た、そうだね」

「……そもそも都会暮らしの男が、急に田舎で農業やろうたって、うまく行くわけないんだよ。挙句の果てには本人はメンタルをやられ、私はアルコール依存症に、息子は難病のアニオタ病に。絵に描いたような転落物語さね」

「しかし、他の人まで巻き込んで不幸にすることは、ないだろう」

「勝手に集まって来るんだから仕方がないだろう! ははあ、わかった。あんた最近いやに私の酒場に敵対している『怨み・ハラスメント』だかの回しもんだね? そうだろう」

「俺は、できればあんたにも幸せになってもらいたいんだよ」

「はあん? あんたが? 笑わせるねえ。この人々の悪意と怨念の溜まり場のようなこの酒場で、何ができるっていうんだい」

「姐さん、吉岡純は、生きてるぜ」

「はあん? いきなり何を言い出すかと思ったら。いい加減なことを言うんじゃないよ。見ず知らずのあんたが何を知ってると?」

「もし、生きてたら、この酒場を閉鎖してくれるか?」

「キーッ! 私は騙されないよ。騙されるもんか。悪霊退散」

「姐さん。聞いてくれ。息子さんは生きている」

「悪霊退散……悪霊退散……悪霊退散……」

「姐さん!」

「悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊!」

酒場全体が大音響とともに閃光に包まれた。

このやり取りを、『怨み・ハラスメント』の指令室で見ていた須戸麗花と山田くんの目の前で、モニターの中の画像が大きな渦の中に巻き込まれていき、やがて漆黒に消えた。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『怨み・ハラスメント』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。