ジーンのダンスは、ミュージカル映画を象徴するパフォーマンスとなった。だが、映画がそうであったように、タイトルナンバー“雨に唄えば”についても、撮影時にこの高評価を予想する者など一人としていなかった。

ナンバーの撮影が終了したとき関係スタッフが抱いた感想は、平均的なナンバーの一つを撮り終えたといったものでしかなかった。

しかし、作品の評価と同様、このナンバーの評価も時代と共に高まっていった。その理由をこれから考えていきたいが、成功の鍵は単純さと緻密さの共存であると思われる。

“雨に唄えば”のダンスには、特段複雑なステップや高度なテクニックが使われているわけではない。喜びに満ちた男が傘や街路にある物と戯れ、自然なタップを踏んでいるに過ぎない。ジーンが心がけたのは、雨の中で子供のようにはしゃぐ男の姿を描くことだった。夾雑物を削ぎ落とし、純粋にドンの喜びのみを伝えることであった。

結果としてこのシンプルな表現方法のおかげで、ドンの歓喜をスクリーンにそのままの形で表現することが可能になった。単純であるがゆえにより深く、観客の胸に届けることができた。もちろんそのためには、ダンサーの感情を観客に伝えることにかけては並ぶ者のないジーンの力も大きい。

しかし、表現法は単純でも用意は周到である。ロジャー・イーデンスが前奏を付け、ジーンがハミングしながら自然に歌とダンスへ移行できるようになった。説明的な二番の歌詞を外し、純粋に喜びを表現する一番の歌詞のみを採用した。

雨粒がスクリーンにくっきりと見えるよう、カメラマンのハロルド・ロッソンが裏側から照明を当てる工夫を行った。樋からほとばしる水の勢いで、喜びの強さを表すことができた。

カメラの動きも重要であった。さりげないようでありながら、ここぞと言うときに大きく動き、ジーンと共に踊るかのような効果を出した。例えば傘を振り回しながら車道を踊りまわるとき、カメラはスッと引きつつ上方に移動し、その動きを俯瞰で捉える。カメラの引きによって、ジーンのダンスに集中していた観客の気持ちが一気に解放され、踊り手の喜びが観る者に共鳴する。

最後、警官の肩越しに上方からジーンが去って行く姿を追い、穏やかな中にも喜びの余韻を残す。

設定が夜であることも効果的であった。観客の視線を集中させやすい夜の暗さの中で、これらすべての要素が効果を発揮した。撮影当日ジーンは三十九度四分の高熱があったというが、映像からそのような様子はいささかもうかがえない。

いかにも楽しげな男の溌剌としたエネルギーが観客に伝わり、何度見直しても飽きることがないナンバーとなった。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『踊る大ハリウッド』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。