ご縁を頂く


高校の入学式で、校長先生がされたお話を、私は今でもハッキリと覚えています。
 
「皆さんは、この学校にご縁があって、入学されました。この学校に来たかった人もいれば、そうではなかったのに来てしまった人もいるでしょう。ですが、この世界には、ご縁というものがあり、それによって、皆さんは、こうして入学されました。どうぞ、みんな仲良く、助け合って下さい。

それから、この学校では、仏教を学んで頂きますが、お家がキリスト教などで、悩んでいる人がいるなら、どうぞ安心して下さい。宗教というものは、みな同じです。同じ山に登るのに、ちがう道で登る、それだけの事です。ですから、ここで仏様に祈っても、お家でキリスト様やマリア様に祈られても、全く同じ心なのです。お家の方にも、そうお話して下さい。

ここは、仏教の学校ですが、私は、仏滅だとか、大安だとか、そういった事には全くこだわりません。お釈迦様は、そういったこだわりや偏見を持たないようにと教えられました。ですから、皆さんが、将来、結婚なさる時に、仏滅でも全くかまわないのです。仏滅なら、どこもすいていて、安くて大変結構な事かと思います。

ともかく、ご縁というものがあるという事を覚えておいて下さい。今はまだ、よくわからなくても、皆さんが立派に大人になられた時に、きっと、このご縁の意味がしっかりとわかられる事と思います。では。」

と、先生は数珠を持ち、合掌され、壇上から降りられました。

私は、自分がこの学校に来たかったのでも、来たくなかったのでもないけれど、「ご縁」というものがあり、それによって入学してきたのだと知り、その言葉に大変な意味がありそうだと、不思議な気持ちになり、(大人になったら、きっとわかるらしいから、しっかりと覚えておこう)と思ったのでした。

あれから三十八年生きてきて、この「ご縁」というものに、幾度助けられ、生きてこられた事かと、つくづく有り難さがわかり、これからも大切にして、生きていきたいと思っています。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『しあわせ白書』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。