訓練をからかいつつ、感情の高まりを自然な流れでダンスに移行させていて無理がない。ジーンとオコンナーの息の合った、それでいてスタイルの違うタップの妙が味わえる。二人のコミカルな面ばかりが注目されがちなナンバーだが、ダンスの素晴らしさをもっと評価すべきだとの声もある。

共同監督のドーネンは、いささか手前味噌ではあるが、このナンバーは「ミュージカル映画としては最高のタップ」で「匹敵するのはフレッド・アステアとエレノア・パウエルが踊った“ビギン・ザ・ビギン”くらいだ」とまで言っている。

ここで気が付くのは二人を追うカメラの動きである。ダンスを撮影する場合、周囲の情景も映しつつ、ダンスを観客が十分に堪能できるだけのダンサーの大きさが必要となる。

そのためには、画面に対するダンサーの大きさの比率が適切でなければならない。

このシーンでは必要な比率をできるだけ崩さず、かつダンサーができるだけ画面の中央に位置するように心がけて撮影されている。ダンサーが近寄ればカメラも引き、遠ざかればカメラが追う。ダンサーが遠くなりすぎるとカメラの位置を変え違う角度からのショットになる。それをダンサーの動きや音楽に合わせ自然に撮影する必要がある。

二人のタップの素晴らしさに見とれて気づきにくいが、カメラの動きを感じさせずにダンスを引き立てる撮影が巧みである。また、古典的なスタンダードサイズの画面は、一人か二人のダンスを見せるには実に適した大きさであることが良くわかる。

「闘う騎士」の失敗に将来を悲観するドンをコズモとキャシーが励まし、映画をミュージカルに変える希望を持たせた後のナンバー、“グッド・モーニング”。

会話と状況の明るさを、そのまま歌とダンスで引き継ぐ過程が自然で素晴らしい。場の雰囲気を主役数人が引き継いで歌い出し、外に出て物や人を利用して踊るというナンバーは、「カバーガール」の“明日のために”や「踊る大紐育」の“オン・ザ・タウン”などの先例があるが、ダンスの完成度では“グッド・モーニング”が一番ではないか。このナンバーだけは室内だが、限定された空間のおかげでダンスに集中できたともいえる。

台所での明るい会話をきっかけに踊り出し、画面右から左に移動しつつ、ダイニングを経て次の部屋で本格的なタップに移行する。階段の昇り降りが少しもぶれず、小気味良い三人のタップが続く。画面手前に降り、吊るしてあるレインコートを使っての三者三様の踊り―フラダンス、フラメンコ、チャールストン。

さらに右から左に移動し居間に入った後は、画面手前に向かう縦方向の移動に変わる。一つ目のソファを三人揃ってでんぐり返しで越え、手前二つ目のソファの背もたれに足をかけて九十度ひっくり返し、その上に倒れこんで笑い出すまでの楽しさ。

レイノルズによればこのシーンだけで撮影用に「数百回」繰り返したというが、彼らの表情には少しも疲労の色がない。ダンサーではないレイノルズがジーン、オコンナーに引けを取らずに踊れるのも稽古の過酷さの賜物である。彼女の映画人生で最高のダンスとも言われている。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『踊る大ハリウッド』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。