歌劇 『雪女の恋』

❖登場人物

雪女 こゆき

姉 ふぶき

里人 弥助

山の神

 

第二場

音楽「語りの調べ」。

※この場面は、〈合唱〉による「語りの場面」で、〈劇中劇〉の存在として、雪女〈こゆき〉が現れる。

〈合唱〉が浮かぶ。

 

男声 ある夕暮れ時のことだった

女声 お山にヒトがやってきた

男声 吹雪に迷い 聖なる山に踏みこんだ

女声 名前は…… 弥助

焚き木拾いの里人だった

合唱 渦巻く吹雪に 気が遠くなり 影絵のように倒れる 弥助

風は 渦巻き 吹きすさぶ

ヒトのにおいを 運び去り 血の温もりが 運ばれる

 

音楽「こゆき」。

やがて、舞台中央前にぼんやり明かりが入る。

 

合唱 妹こゆきは ゆきおんな

神のしもべの 雪の精

ヒトのにおいを 嗅(か) ぎとって

弥助のまえに 現れる

 

「明かり」の中に、こゆきが現れる。

 

こゆき 風がおどる 雪が舞い散る 風が止まれば 雪は集まる

白い帳(とばり)となって お山をつつむ 雪のお山は 穢れを知らぬ

わたしは 女 ゆきおんな

ケモノは眠らせ 命を守り ヒトは凍らせ 命を奪う

神のしもべの 雪の精

あら 姉さんがいない…… どこに いったのかしら 

 

こゆきが舞台を移動すると、「明かり」も追う。

 

風のいたずらね 吹くのを止(や) めたり くるくる回ったり

風が においの向きを変えて 姉さんを連れっていったのね

笹のいい匂い…… あ!…… ヒトの匂い……

どこかにいる ヒトが

 

こゆきは、においを追いながら舞台中央前へ。

 

合唱 山の斜面は 笹野原

雪をかぶった 笹野原

弥助は 仰向けに倒れていた

目を閉じた顔に 降りかかる

雪 雪 雪 雪 

体に 降りつもる

雪 雪 雪 雪

 

※〈合唱〉による「語りの場面」のため、 弥助は、現実的存在としては舞台に登場しない(客席側にいる設定)。 こゆきは、その「弥助」に対して話しかけ、反応する。

 

こゆき あっ いた…… ヒトだ…… 若いヒト…… 

合唱 切れ長の目 かすかに息をする口元

里人を間近で見るのは 初めてだった

 

こゆきは恐る恐る近づき、「弥助の頬」をつついて、思わず手を引っ込める。

「鼻」に手をかざし、手のひらをじっと見る。

 

こゆき まだ 生きてる 息をしている

(「唇」に触って、また手を引っ込める)あたたかい やわらかい

(あらためて、「弥助の顔」を見つめる)ヒトって…… きれい

男声 風が変わって 吹雪は止んだ   雲はちぎれて 流れて

女声 木洩れ日が射し 笹の雪が光った 小枝が揺れて 山鳥が鳴いた

男声 弥助の瞼が ゆっくり開く

女声 弥助の瞳に こゆきが映る 

こゆき あっ

男声 『だれだ おまえさまは?』

女声 ヒトの声を 間近で聞いた ヒトの言葉を 初めて聞いた  

こゆき こゆき…

女声 答えて 思わず 飛びのいた

男声 『わたしは 弥助 里の者だ 助けてくれてありがとう ありがとう』

女声 ヒトは凍らせ 命を奪う

胸を大きくふくらませ 一息吹けば

顔は白く凍りつき 体は固くなりたもう

白きむくろそのままに お山の土となりたもう

できなかった その一吹きが

若者に見つめられ こゆきの体の 力が抜けた

男声 山の奥では 風が吹く 風が変わって 吹きすさぶ

合唱 ヒトのにおいを 運び去り 血の温もりが 運ばれる

ヒトのにおいを 嗅(か) ぎとれば たちまち そこへ 現れる

こゆき わたしは 女 ゆきおんな ヒトは凍らせ 命を奪う

早く立ち去れ お山へ来るな 命が惜しくば お山へ来るな

女声 どんと押されて 弥助は 転がった

男声 弥助は 転がった 『こゆき!』

合唱 ころころころころ 雪の斜面を 転がった 『こゆき!』

こゆき 早く立ち去れ お山へ来るな

命が惜しくば お山へ来るな

 

舞台前の明かりが消え、こゆきの姿も闇に消える。

 

男声 姉のふぶきが現れた 弥助が去った後だった

女声 こゆきは 小さな嘘をつく

逃がした とは言わないで 里人が逃げ帰った… と

渦巻く吹雪に 転がるように 人里へ戻った… と

合唱 こゆきは 小さな秘密を持った いたずら心の 隠しごと

それから 三日は 何事もなく 過ぎ去った

何事もなく 過ぎ去った それから 三日は…

 

舞台溶暗。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『雪女とオフィーリア、そしてクローディアス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。