福井藩医の娘が、藩の危機を回避すべく活躍する痛快時代小説
男子として育てられたお転婆な福井藩医の娘が、父の仇討ちと藩士の謀反制圧をともに果たす痛快時代小説。
江戸の藩主に謀反計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていく主人公、百合。
百合を中心に、血気盛んな若い藩士たちが、長年培われてきたい親世代の英知と経験を学んで成長していくビルドゥングスロマン。
江戸藩主に謀反の計画を伝えるため、追手とせめぎ合いつつ、険しい高山を越えていくお転婆な福井藩医の娘、百合。男子として育てられた彼女は、父の仇討ちと藩士の謀反制圧を果たすことができるのか…。佐々木祐子氏の痛快時代小説『遥かなる花』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、紹介します。
地図
鶯の鳴く道
翌朝、百合は朝餉を済ませると、美沙伯従母に手伝ってもらって、初めて男の子の着物を身に着けた。袴(はかま)もちゃんとある。髪も昨日とは打って変わって、後ろに一つにまとめて元結で縛っている。
着終わると、伯従父と父の待っている座敷に行き、きちんと正座して、挨拶をした。
「伯従父上、父上、このように変わることが出来ました。誠にありがとうございました」
「うむ、良う似合うておる。せいぜい精進せよ」
伯従父はご満悦であった。聡順は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。困ったことに、本当によく似合っていた。実にしっくりと馴染んでいるのが不思議なほどだった。どこから見ても、瑞々しい若武者ぶりであった。
隠れて見ていたこの家の子供たちも、感心して眺めている。昨日の木登りの一件以来、めっきり大人しくなってしまった男の子たちであった。皆に挨拶をして、木村家を出たのは昼過ぎであった。
最初はやや緊張していた百合だが、じきに慣れて足取りも軽くなる。着物を汚してはいけないなぞと考えなくていいのが、誠に気楽であった。なぜかひどく歩きやすくなったような気がした。
「父上、木村の伯従父上の所では、皆親切にして下さいましたね。みんなとも友達になりました。千春さんはとても良い人です。また遊びに行きたいです」
「うむ、まあそのうちにな。百合、言葉遣いに注意しなさい。聡太朗の言葉遣いを思い出して話すと良い。あまり丁寧すぎると、女子であることがばれるぞ。それと、ここ暫くは学問と剣に精進せよ」
「はい、分かっております。父上、それと、唯ノ介とお呼び下さい」
「うむ、分かっておる。つい間違えただけだ」
【登場人物】
小幡百合 小幡家の末娘。明るくて元気で知りたがり屋。物凄いお転婆。
小幡聡順 百合の父。富山藩の藩医。医学・本草学に造詣が深く、藩主も頼りにするほど。
小幡深雪 百合の母。聡順の妻。
小幡綾菜 百合の姉。体が弱いが美しく優しい。百合のよき理解者。
小幡聡太朗 百合の兄。小幡家の跡取り。
藤堂健之助 聡順の親友。剣道場徳明館の主。
藤堂健一郎 健之助の長男。綾菜の許嫁。
藤堂健吾 健之助の次男。聡太朗の親友。
藤堂静江 健之助の妻。
権爺 もと杣人足の頭。今は小幡家で薬園の世話をしている。
志乃 権爺の孫。
木村智則 小幡聡順の従兄。八尾で開業している医師。
木村智直 木村家の長男。小幡家で内弟子として研鑽に励んでいる。
佐々木高悦 小幡深雪の兄。加賀藩の御殿医。
佐々木高琳 高悦の長男。
井上陽堂 小幡家の内弟子。聡順の代脈を務める。
小池新之丞 藩の組頭小池新左衛門の長男。若い連中の集まりの首謀者。剣の使い手。
田口康成 新之丞の従弟。父は小池新左衛門の弟田口新之輔。
橘主膳 勘定方の河川改修の部署に務める。
橘膳次 橘主膳の次男。新之丞の仲間。
三宅慶三郎 藩の目付三宅慶衛門の三男。新之丞の仲間。
佐藤栄二郎 藩の奉行佐藤栄蔵の次男。新之丞の仲間。
うめ 小幡家の女中。
佐枝 小幡家の女中。
とよ 小幡家の女中。
良吉 小幡家の下男。
左平 立山堂の板橋支店の支配人。